やりたいことに対して、思いっきりお金使ってやりたいだけやる、それは楽しい。
でもさ、
お客様からお金もらって、なのに私たちも赤になるってのは、気持ちが悪い。
実際にうまくいくかどうかは別としてもせめて、黒を目指す気がないならお客様としてお金を払ってもらっちゃいけないように思う
極論、私はだから、あんまりお客様が増やせていないのかもしれない。これ言葉にすると、応援してくださっている方に申し訳ないからあまり言葉にしないけど。でも事実として、自分のチケットを買ってくれる方の数は少ない。し、舞台と客席という関係性で私を応援してくださる方はかなり少なくて。
でも、そう。私は、私に対してお金を使ってくれとも思わなくて。私を有名にしてくれとも思わなくて。
芝居も歌も自分が楽しいから、やりたいからやってる。それを楽しんでくれる人から、楽しんだ分だけ、自分だけでは補い切れない負担をもってもらえれば、私も貴方も幸せじゃないかって思ったり。
でもじゃ、もう身内で小屋かりてパーティーすりゃいいじゃんっていわれるかもしれない。でも身内にとどまりたくない、のは、私が楽しいと思うこと、素敵だと思うことを、沢山の人に共有してほしいから。お金とか関係なしに、私というお歌とお芝居の人が、魅力的だと思う人が増えたら嬉しい。もっと沢山の人に、自分が関わる、愛した作品が、面白かった、力になったっていわれたい、影響を与えたい。次に私がつくるものに対して期待してくれる人が沢山になればいい。
加えて、私が魅力的だと思う沢山の表現者さんと出会いたいし、自分の力つかってほしいし、その人の力を借りたい。それぞれの力を借りてもっともっといいものが作りたい。一緒に作品作りがしたい。だから、それにみあうだけの努力をしなきゃいけない。表現者としてのスキルもだけど、お客さんを呼ぶ、という意味でも。ちらりと矛盾は感じるけどでもそうなの。お客様が呼べる演者じゃないと、素敵な作品つくりしてる場にいられない。
大きなやりたいことをめざす道には、ぱっとみやりたくないことや、目的と違うんじゃないかってことが現れたりもする。
それをやらないのはちがう。でもそれだけに必死になって大きな道がみえなくなるのも違う。
私はお歌とお芝居の人として、これからも楽しいものをつくっていきたい。
だから、そんな私を気にかけてくださる方。舞台を観に来てくださる方。には、『有り難きこと』という本来の意味を込めて、ありがとうございます、という言葉を、気持ちをお渡ししたい。感謝の気持ちを作品で返したい。わたしは絶対にこれからも、自分が面白いと思うものを求め続ける、それが私の、有り難きに対する誠意。
全部が全部繋がってる。やりたいことをやるためにはお金が必要なの。なぜかというと、人は生きていかなきゃいけないから。生計っていう現代的な概念の裏に隠れてるけど、生命を維持して、心を適度に潤して、いくには、誰かの生産物が、そのための時間がそのためのその人の生活が絶対に必要で。
正直、なんてこんなにも時間と熱量をかけてるのに、それじゃお金にならないのか。不思議でならないときはある。必死で台本を書くより、泣きながら稽古するより、適度な心持ちでバイトするほうがお金になるの。気持ちが悪いことだらけだけよこの世界。
でも、それが不思議なことのがむしろ不思議だよって人が多い、から、今の世の中がこういう形でまわってるんだよな、とも、おもう。
こーいう不思議さがひとつ、また、
おもしろいを産み出すエネルギーになればって、したいっておもう。
嘘つきたくないのに嘘ついてるみたいになる。でも、私は絶対、心にないことはいわない。
心が論理的に矛盾しなければ楽なのに。じゃなきゃ論理的に矛盾してるなんてことに気づけなきゃいいのに。
でも、それが、わたしだ。
せめて誇ろうじゃないか。
そう、だから私は芝居が、歌がしたいんだ。このモヤモヤを昇華させたいから。
でもさ、
お客様からお金もらって、なのに私たちも赤になるってのは、気持ちが悪い。
実際にうまくいくかどうかは別としてもせめて、黒を目指す気がないならお客様としてお金を払ってもらっちゃいけないように思う
極論、私はだから、あんまりお客様が増やせていないのかもしれない。これ言葉にすると、応援してくださっている方に申し訳ないからあまり言葉にしないけど。でも事実として、自分のチケットを買ってくれる方の数は少ない。し、舞台と客席という関係性で私を応援してくださる方はかなり少なくて。
でも、そう。私は、私に対してお金を使ってくれとも思わなくて。私を有名にしてくれとも思わなくて。
芝居も歌も自分が楽しいから、やりたいからやってる。それを楽しんでくれる人から、楽しんだ分だけ、自分だけでは補い切れない負担をもってもらえれば、私も貴方も幸せじゃないかって思ったり。
でもじゃ、もう身内で小屋かりてパーティーすりゃいいじゃんっていわれるかもしれない。でも身内にとどまりたくない、のは、私が楽しいと思うこと、素敵だと思うことを、沢山の人に共有してほしいから。お金とか関係なしに、私というお歌とお芝居の人が、魅力的だと思う人が増えたら嬉しい。もっと沢山の人に、自分が関わる、愛した作品が、面白かった、力になったっていわれたい、影響を与えたい。次に私がつくるものに対して期待してくれる人が沢山になればいい。
加えて、私が魅力的だと思う沢山の表現者さんと出会いたいし、自分の力つかってほしいし、その人の力を借りたい。それぞれの力を借りてもっともっといいものが作りたい。一緒に作品作りがしたい。だから、それにみあうだけの努力をしなきゃいけない。表現者としてのスキルもだけど、お客さんを呼ぶ、という意味でも。ちらりと矛盾は感じるけどでもそうなの。お客様が呼べる演者じゃないと、素敵な作品つくりしてる場にいられない。
大きなやりたいことをめざす道には、ぱっとみやりたくないことや、目的と違うんじゃないかってことが現れたりもする。
それをやらないのはちがう。でもそれだけに必死になって大きな道がみえなくなるのも違う。
私はお歌とお芝居の人として、これからも楽しいものをつくっていきたい。
だから、そんな私を気にかけてくださる方。舞台を観に来てくださる方。には、『有り難きこと』という本来の意味を込めて、ありがとうございます、という言葉を、気持ちをお渡ししたい。感謝の気持ちを作品で返したい。わたしは絶対にこれからも、自分が面白いと思うものを求め続ける、それが私の、有り難きに対する誠意。
全部が全部繋がってる。やりたいことをやるためにはお金が必要なの。なぜかというと、人は生きていかなきゃいけないから。生計っていう現代的な概念の裏に隠れてるけど、生命を維持して、心を適度に潤して、いくには、誰かの生産物が、そのための時間がそのためのその人の生活が絶対に必要で。
正直、なんてこんなにも時間と熱量をかけてるのに、それじゃお金にならないのか。不思議でならないときはある。必死で台本を書くより、泣きながら稽古するより、適度な心持ちでバイトするほうがお金になるの。気持ちが悪いことだらけだけよこの世界。
でも、それが不思議なことのがむしろ不思議だよって人が多い、から、今の世の中がこういう形でまわってるんだよな、とも、おもう。
こーいう不思議さがひとつ、また、
おもしろいを産み出すエネルギーになればって、したいっておもう。
嘘つきたくないのに嘘ついてるみたいになる。でも、私は絶対、心にないことはいわない。
心が論理的に矛盾しなければ楽なのに。じゃなきゃ論理的に矛盾してるなんてことに気づけなきゃいいのに。
でも、それが、わたしだ。
せめて誇ろうじゃないか。
そう、だから私は芝居が、歌がしたいんだ。このモヤモヤを昇華させたいから。