マニアックな読者の皆様、お早う御座います。

昨日は甲子園に広島VS阪神(クライマックスシリーズ)を観戦しに行ってきました。

実は、兵庫大阪はセントラルリーグに於いて阪神ファン(ダントツですが…)に次いで広島ファンが多いのは余り知られていなく、僕もその中の一人。

マエケンVS能見かと思えば、阪神は藤波…良く分からない和田監督の采配で広島は圧勝。
レフトスタンドで観戦していましたが、マエケンの球は切れていたし、守備も素晴らしかった。
キラ(吉良上野介みたいやな)のバッティングは凄い…丸があかんかと思ったら、最終回に完璧なホームラン

兎に角、今日勝てばファイナルステージでジャイアンツとの一騎打ち…ワクワクします。

さて、みずほ銀行の不祥事…こんなものは三〇UFJや三井〇友だって、ちょっと叩けば埃が出る程度の微々たる小さな事象であり、内部告発があれば金融庁も動かない訳には行かず見せしめの色合いが強かったのであろう。
特にメガバンクの中でもみずほは其々がプライドが高く歴史も文化も違う三行の派閥が犇めいており、足元を掬ってやろうとする輩は沢山いる訳だから、常に不祥事が表面化する。
然しながら、本当の悪は頭取でも副頭取でもなく足元を掬った反体制派である。
一度、不祥事が公になれば現体制は崩壊するので、今回は反体制派に寄る画策が見事なまでに功を奏し倍返しに相当するとも言える稀なケースである。

詰まり、みずほの場合は、特殊な内部事情があって事が表面化したが、99%の銀行は縦割り社会で固められているので容易には現体制を崩す事は出来ない…巨大な牙城が存在する為に倍返しなど不可能である。

どちらにしても、今回のケースは見せしめの典型的な事象で極めて小さなものであり、氷山の一角…本当の官民癒着の大罪は国家ぐるみになるので裁かれる事はない。
考えてみよう…メガバンクによる二億程度の不透明な迂回融資ででこれだけニュースで取り上げられるのは不自然である。

下記は、日経電子版が住友銀行時代に理不尽な債権回収処理を任された現三井住友銀行顧問の西川善文氏のブログから引用したものであるが、これが現実でドラマなんかより、遥かに殺伐としており男の嫉妬の根深さや出世欲、保身といったドロドロとした世界が垣間見れる。

半沢直樹はまだマシである 銀行時代の理不尽  (西川善文氏の経営者ブログ)

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2013/10/7 7:00

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西川善文(にしかわ・よしふみ)1938年8月生まれ。 住友銀行時代には経営難に陥った安宅産業の処理に携わるなど若くして頭角を現し、頭取としても財閥を越えて、さくら銀行との合併を断行。その辣腕ぶりから「最後のバンカー」の異名を持つ。民営化のために日本郵政社長に就いたが、政府の路線転換で辞任を決意した。「怖い上司」と恐れられたが、仕事を離れれば気配りの人。

 

銀行員が主人公のドラマ「半沢直樹」が大人気のうちに最終回を終えた。ドラマの中では、銀行内部での様々な理不尽が描かれているので、「銀行ではあんなことがあるのですか」と聞かれることもあった。さすがに銀行で上司に対してあんな口のきき方をすることはないが、不正融資もあったし、融資の焦げ付きなどの責任を部下に押し付ける上司もいた。そういう意味では、あのドラマはさほど現実離れしているわけではない。

 だが、しょせん銀行内部のコップの中での責任の押し付け合いだ。半沢直樹はまだマシである。かつての銀行では生命を脅かされるような理不尽があったのだ。

 「イトマンは君がやってくれ」――。1991年秋、副頭取の玉井英二さんから一言そういわれ、融資第三部の担当専務としてイトマン処理にあたることになった。それまでは企画担当の常務だったので、もちろんイトマンは担当ではなく、門外漢であった。

 融資第三部は76年、経営危機に陥った大手商社の安宅産業の処理を担当する部署として設置された。以降、(86年に住友銀行に吸収合併された)平和相互銀行の不良債権などのやっかいな案件は専ら第三部に回され、イトマンから切り離された不良債権処理も第三部が担当することになったのだ。私は安宅問題の実動部隊として不良債権の処理や関連会社の立て直しに奔走したことがあったので、おそらくその時の経験が買われたのだろうが、「なんと理不尽なことなのか」と嘆息を禁じ得なかった。

 イトマン事件とは、一言でいえばイトマンという商社を通じて何千億円という莫大なカネが闇社会に流れていった経済事件だ。その不良債権処理とは闇社会に流れたカネを取り戻そうとする作業にほかならず、様々な脅迫は容易に予想された。

 70年代の安宅問題も確かに大変だった。しかし、当時は安宅を見殺しにすれば日本の総合商社全体の信用問題、そして総合商社に与信している銀行の経営問題にも発展しかねないという危機感があり、「日本のために必要な仕事」というぐらいの使命感に動かされていた。最終的に安宅の多くの事業部門を伊藤忠商事が継承し、少なくない数の関連企業が生き残ることができた。不良債権処理という一見、後ろ向きの仕事でも十分な達成感は得られたのだ。

しかし、イトマン問題の処理では安宅問題の時のような使命感は持ちえようがなかった。イトマン事件を引き起こした大きな要因のひとつは、「住銀の天皇」といわれた磯田一郎元会長の公私混同にあったからだ。それをきっかけに、闇社会に近い人間がイトマンに入り込んでいき、イトマンは闇社会の財布代わりに使われた。

94年9月14日、金融界を揺るがす事件が起きる。住銀の畑中和文・名古屋支店長が市内のマンションの廊下で何者かに射殺されたのだ。畑中くんは私の大学の後輩でもあった。「これは命がけになるな」――。当時の恐怖感は今でも覚えている。事件は結局迷宮入りし、背景は不明だ。

その後、私にも闇社会の影がちらついた。ある時、大阪出張から帰京すると東京駅からバイクがずっと後をつけてくる。気味が悪くなって自宅に近い警察署に駆け込んで事情を話し、警察にバイク男を捕まえてもらった。バイク男は「後をつけるように頼まれた」と白状したが、誰に頼まれたのかは決して明かさない。警察は厳しく注意して解放したが、また後をつけてくる。その執念深さにはぞっとした。また、ある時は、その筋とわかる男が自宅に押し掛け、強引に家の中に入り込もうとしたこともあった。

達成感の得られない仕事、不気味な脅し――。精神的にきつかったのは確かだが、銀行自身が招いた側面もあるので「こんなものだろう」と、どこか突き放して自分を見ていたような気がする。

ところが97年、頭取に昇格すると心の持ちようが変わってきた。自分が先頭に立って組織を引っ張るほかない。「殺すなら殺せ」という気持ちだった。もともと鈍感なほうではあるが、おそらく、全責任を負うほかないトップに立たされたことによって、腹をくくることができたのだろう。

読者の皆さんの中で、いきなり責任の重い立場に立たされて戸惑っている方もいらっしゃるかもしれない。しかし、いずれ慣れ、腹をくくることができる。そして理不尽にも向かっていける。私が得た教訓である。


どうだろう?このブログを読めばドラマ半沢直樹なんかは現実に比べたら可愛いものであると誰しも思ったのではないか?
無論、ドラマとしては政治や経済にに疎い大半の国民(万人)にも分かり易く製作されているので漫画チックに描かれるのも止むを得ないが事実に基づきノンフィクションに極めて近いフィクションを構築した山崎豊子のドラマに比べればB級作品というレッテルを貼られても仕方ない出来であった。

堺雅人は性格俳優と言う意味では好きな役者であり、清廉潔白なイメージにはぴったりの役柄であったが、名脇役香川照之や大御所の北大路欣也にとっては役不足であったと言えよう。  naniwa335