毎度、皆さん…今日は連日投稿です。

僕は俗に言われるような典型的なブロガーでもないし、インターネットと言うバーチャルな世界には元来興味もないし、どちらかと言えば偏った裏付けのない誤った情報が殆どなのでそんな事に時間を費やすのは時間と労力の浪費だと考えています。

実は、僕は2年ほど前に大音響のスタジオで楽器の演奏をしていて、耳鳴りと若干の難聴を患ってしまいました。
直ぐに耳鼻科に行って薬剤を処方されて、難聴は回復しましたが耳鳴りが残り、それ以来激しい耳鳴りや脳鳴りに悩まされてきました。
ネット上で、様々な関連サイトを検索して耳鳴りに効果があると思われるありとあらゆる治療法を試しましたが、全く効果は現れず焦燥感と絶望感に苛まれていくようになり、最終的には神経内科で安定剤や睡眠薬を処方され、多幸感から知らない間に薬漬けになって行きました。
然しながら、ベンゾジアゼピン系といわれる薬剤は非常に中毒性が強く常用依存に陥りやすくなります。
合法的な麻薬と言っても過言ではないと思います。
それ故に、止めようと思えば離脱症状がきつく、体の不調を齎し、その苦しみから逃れようと再び服用すると言った悪循環です。
このブログでも数か月前に、アシュトンマニュアルという表題でベンゾジアゼピン系の離脱方法に関して触れましたが、それ程苦痛を伴うものです。

ところが、この類の薬剤に関してはネガティブな内容のサイトが殆どで、薬害や精神医療の荒廃ばかりが先走っている様に思えます。実際に、離脱症状が激しくて社会生活が出来ない人が居るのも事実でしょうが、いきなり止めても何ともない人も居ます。
僕も8月に一気に睡眠薬を絶ちましたが、一週間は離脱作用に苦しんだもののそれ以降はこれといった厳しい症状はありません。

確かに脳中枢に作用するエビデンスの曖昧な向精神薬は、殆どメリットはなく脳神経を狂わすと言った毒薬と言っても過言ではないでしょう。それに加えて常用依存とそれを止めるには激しい離脱症状を伴うといったリスクが影を落とします。

ただ、向精神薬は不必要かと言えばそんな事はないでしょう。僕の知る範囲でも実際に向精神薬でパニックが収まったり、鬱状態から回復した人が居るのも事実です。

詰まり、向精神薬も効能に関しては個人差が大きい訳で、使い方次第でどちらにも転びます。正に匙加減です。
問題なのは、多種多剤大量処方でそれに関しては金儲けありきのモラリティーの微塵の欠片もない言語道断の医師の功罪だと言えますが、全てがそれにあたる訳ではありません。

然しながら、ネットの世界と言うのは不思議なもので片側に大きく傾いてしまいます。
特に、対象が何であれ批判する立場の風潮に流されてしまい、偏った客観性のない感情論ばかりが先走り、自分自身の反省は垣間見れません。殆どの精神薬に手を出す患者は、「医者のいう事だから信用できる」とか「薬を飲めば良くなる」といった短絡的な自身の精神にも問題がある訳で、事が起きたら他人のせいにするだけで凡そ生産性のない思考回路が形成されているだけしかないと考えます。また、その様な精神医療に反対の立場をとるブロガーやサイト運営者は薬害ばかりに焦点を当てて精神科医は全て悪であるといったミスリードをしているに他ならないと思います。

金融の世界、警察や検察の世界、政治の世界、官僚の世界、大企業の世界…精神医療に限らずどんな世界でも例外なく腐敗はあります。
但し、物事には両面がある訳で、ダークサイドばかりに焦点を当てても不毛の議論に終始するだけでしょう。

特に、最近の風潮はなんでもかんでも誹謗中傷すれば共感を得られるという歪んだ構造になっています。

何事に関しても、否定から入るのではなく、また善か悪か?賛成か反対か?などの結果ありきの議論ではなくて、プロセスやメリットデメリットを中庸的に判断する為の議論が必要でしょう。ところが、マスコミの稚拙な大衆迎合主義が日本を覆い隠して一億総白雉化した日本国民は白か黒かの単純な結果を求めるのが習慣になってしまい、物事を理論的に考える選択思考が荒廃してしまったのでしょう。

以上、本日はブログテーマとは無縁の思いつき記事になりましたが、何卒御容赦の程を…naniwa335