ラジコ15周年記念のポッドキャスト番組「太田光と15人のしゃべり手」の第2回が配信された。2回目のゲストは誰かと思えば、クリス・ペプラーだった。太田光とクリス・ペプラーというのも珍しい顔合わせだが、30年以上前に番組で会ったことはあるらしく、クリス・ペプラーは爆笑問題のライブを2、3回観たことがあるとも言っていた。爆笑問題とクリス・ペプラーはともに1988年デビューでもあり、クリス・ペプラーは J-WAVE の開局とともにパーソナリティーを務めているのだ。その経緯も詳しく語られていたのだが、そういえば、たしかにその時代にはバイリンガルブームというのがあった。山口美江が登場したのもその頃だったはずだ。
J-WAVE の少し前にFM横浜が開局したということにもクリス・ペプラーの話から改めて気がつかされたが、すると、私が子どもの頃には床屋に行くと必ずFM横浜がついていたものだが、あれはまだ開局して間もない時代だったのか。FMをあまり聴いてこなかった私はFMの歴史を意識することもまるでなかった。私は今に至るまで、いくつかの番組を除けば、なんとなくFMをつけておくようなことはなく、それよりも、FM横浜がついている床屋の風景のほうがよっぽど体験として記憶している。ラジコの登場以降、スマホの画面から見るサムネイルの視覚的イメージに慣れてしまってもいるのだが、それ以前のラジオというのは本当に音だけの世界であって、見えているものは床屋の風景でしかなかったのだ。それに、ラジコ以前のラジオというのは手軽にチャンネルを替えられるものではなく、ひたすら同じ放送局をつけっぱなしにしておくものだった。J-WAVE の番組にはいったいどうすれば出会えていたのだろうか。私はクリス・ペプラーという人物をいったいいつどこで知ったのかもうまく思い出せないでいる。
