私たちはなぜ幸せだと感じるのだろう。
なぜ何かを感じたりするのだろう。
なぜ進化は私たちに感情を与えたのだろう。
そして私たちは、なぜこんなにも感情にふりまわされるのだろう。
人はポジティブな感情が生まれるものへは近づき、
ネガティブな感情が生まれるものからは離れようとする....。
(以上、本書第三章より、引用)
選択理論心理学では、私たちの行動の要素として、
「行為」「思考」「感情」「生理反応」の四つを挙げています。
この四つの中で、私たちがいつも
「感じて(意識して)いられるもの」は、感情だけだと言われています。
例えば、「行為」ですが、
無くて七癖と言われるように、貧乏ゆすりやペンをくるくると回す動作など
本人はほとんど意識せずに行っていることがあります。
「思考」については、
《いまはこれに集中しているはずなのに》、知らず知らずのうちに
別の思考回路が働いて、まったく違うことに思いを巡らせてしまうことがあります。
会議中に今日の晩ご飯の買い物について考えたり、
読んでいる本のキーワードから昔の想い出に思いを馳せてしまって、
ハッと我に返る・・・という経験があると思います。
「生理反応」にいたっては、
意識するのは調子の悪いときのみで、
平常時は、心拍数も、血圧も、呼吸数も、意識して感じることはないでしょう。
しかしながら、「感情」だけは、
“気づいたら、怒ってた”とか、“意識しないうちに、楽しくなってた”ということはなく、
常に「今の状況が自分にとって何をもたらしているか?」ということを知らせる
センサーの役割としている要素なのです。
さて、この感情・・・・
著者のセリグマンは、「ポジティブな感情」と「ネガティブな感情」に分けています。
この感情が、人の人生の幸福度にどのように影響しているのでしょうか?
(つづく)