ライブを通しての感想を。
ライブ終わって、1番に感じたのは純粋に楽しかった!
ライブとして、またレミオロメンをすごく楽しめた時間でした。
演奏する音がまずよかった。
バスドラやベース音がよく響いていて、それによってからかキーボードの音があまり聞こえなかったので、バンドレミオロメンを久しぶりに感じました。
前も言った気がするけど、私はキーボードが入ってからのレミオロメンの、キーボードのピコピコが目立つ曲は「む~」という感じだったので(もちろんキーボードがないと成り立たない曲で好きなのはありますが)、
くし君ギターが入って、バスドラとベースが響いて、全体的に聞こえる音が深くて重くて。
またその音に乗せて歌う藤巻さんの声がいい!
楽しそうに歌ってたのも伝わったし、
しかも私が今まで見たレミオロメンライブの中で1番の喉の調子のよさだと思いました。藤巻さんらしい力強く伸びやかな歌声だったし、何よりなんの心配もしなかった!(笑)
いつもは「藤巻さん、あの高い部分声出るかな」とか危惧する部分が必ずあったんですが、そんなもの必要なかった!
「不安」「心配」って何?くらいの姿勢で見れました。
それくらい歌声が響きました。
そして、ステージのスクリーン映像と棒(?)がPVか!?ってくらい綺麗で。蛍と流星がとくに綺麗で。
私のその曲のイメージを第三者的に具体化したらこうだってくらいぴったりで。
セトリも今までのレミオロメンの魅力を十二分に抽出してます的なセトリで、神社時代の曲も沢山生で聞けて嬉しくて幸せで興奮して。
MCも久しぶりに沢山聞けて、三人が仲良しな雰囲気やグダグダ素で喋ってる姿を見るだけで私達はどれだけ幸せなことか。
藤巻さんが最後のMCでおっしゃってたこと、
「アルバムを出してのツアーじゃなかったけど、だからこそ古い曲が出来たり、その中でレミオロメンらしさや自分達がしたい音楽ってこうだったよなって思うことも沢山あって。」(意訳するとこうです。一言一句覚えてません。あしからず)
この言っている意味が、実は私がレミオロメンに対して切望していたり、願っていたり、それにこのライブを通して強く感じたことだったので、レミオロメンから「伝わった」と実感できたし、レミオロメンと私はこうして「繋がってる」って実感できました。
一時期のレミオロメンやこの曲レミオロメン!?みたいな、私がファンとして見守るスタンスだった頃をやっと乗り越えたかなぁと思います。
見守るスタンスだった頃は、もちろんキーボードのピコピコが嫌に耳についたり、鬱々とした興奮を内包した曲がレミオロメンらしさだと思っている私にとって真反対の曲をリリースされた時に「レミオロメンはどこに向かうんだろう」という不安を感じたり、だけど昔のアルバムを聞くと「レミオロメンはこんな曲を書くんだ。まだ信じれる」と思ったり、でもまた不安を感じたり、でもそんな時に「アイランド」とか出されて「やっぱいい」と思ったり。
なんかこう私がグラグラしてたんですよね。
勿論、レミオロメンのファンってことは変わらないんですが、熱狂的に応援するスタンスやら傍観的に見守るスタンスやら、私がレミオロメンに感じる不安がそのままにグラグラしたんです。
レミオロメン自体もまぁ色々暗中模索してたし、レミオロメンらしさって何だろうって考え続けてたし。
それが、このツアーやこのライブで、「レミオロメンらしさ」を、ピコピコに見つけるのではなく、本来の3ピースに見た藤巻さん神宮司さん前田さんのレミオロメンを私は信じれるって確信したんです。
やっぱり好き、だし。
これからも、だし。
「昔のレミオロメンが好きだった」とか、そんな自己満で身勝手で一人よがりな台詞と分かっていながら、そんな事思いたくないけど思ってしまった自分に自己嫌悪した頃の事をやっと通り過ぎたような気がします。
ってまぁ、私の心境の変化を吐露しただけの記事になってしまいましたが(スッキリしました( ̄▽ ̄))、次はセトリに合わせて感想を書きたいです。忘れないうちに!
ライブ終わって、1番に感じたのは純粋に楽しかった!
ライブとして、またレミオロメンをすごく楽しめた時間でした。
演奏する音がまずよかった。
バスドラやベース音がよく響いていて、それによってからかキーボードの音があまり聞こえなかったので、バンドレミオロメンを久しぶりに感じました。
前も言った気がするけど、私はキーボードが入ってからのレミオロメンの、キーボードのピコピコが目立つ曲は「む~」という感じだったので(もちろんキーボードがないと成り立たない曲で好きなのはありますが)、
くし君ギターが入って、バスドラとベースが響いて、全体的に聞こえる音が深くて重くて。
またその音に乗せて歌う藤巻さんの声がいい!
楽しそうに歌ってたのも伝わったし、
しかも私が今まで見たレミオロメンライブの中で1番の喉の調子のよさだと思いました。藤巻さんらしい力強く伸びやかな歌声だったし、何よりなんの心配もしなかった!(笑)
いつもは「藤巻さん、あの高い部分声出るかな」とか危惧する部分が必ずあったんですが、そんなもの必要なかった!
「不安」「心配」って何?くらいの姿勢で見れました。
それくらい歌声が響きました。
そして、ステージのスクリーン映像と棒(?)がPVか!?ってくらい綺麗で。蛍と流星がとくに綺麗で。
私のその曲のイメージを第三者的に具体化したらこうだってくらいぴったりで。
セトリも今までのレミオロメンの魅力を十二分に抽出してます的なセトリで、神社時代の曲も沢山生で聞けて嬉しくて幸せで興奮して。
MCも久しぶりに沢山聞けて、三人が仲良しな雰囲気やグダグダ素で喋ってる姿を見るだけで私達はどれだけ幸せなことか。
藤巻さんが最後のMCでおっしゃってたこと、
「アルバムを出してのツアーじゃなかったけど、だからこそ古い曲が出来たり、その中でレミオロメンらしさや自分達がしたい音楽ってこうだったよなって思うことも沢山あって。」(意訳するとこうです。一言一句覚えてません。あしからず)
この言っている意味が、実は私がレミオロメンに対して切望していたり、願っていたり、それにこのライブを通して強く感じたことだったので、レミオロメンから「伝わった」と実感できたし、レミオロメンと私はこうして「繋がってる」って実感できました。
一時期のレミオロメンやこの曲レミオロメン!?みたいな、私がファンとして見守るスタンスだった頃をやっと乗り越えたかなぁと思います。
見守るスタンスだった頃は、もちろんキーボードのピコピコが嫌に耳についたり、鬱々とした興奮を内包した曲がレミオロメンらしさだと思っている私にとって真反対の曲をリリースされた時に「レミオロメンはどこに向かうんだろう」という不安を感じたり、だけど昔のアルバムを聞くと「レミオロメンはこんな曲を書くんだ。まだ信じれる」と思ったり、でもまた不安を感じたり、でもそんな時に「アイランド」とか出されて「やっぱいい」と思ったり。
なんかこう私がグラグラしてたんですよね。
勿論、レミオロメンのファンってことは変わらないんですが、熱狂的に応援するスタンスやら傍観的に見守るスタンスやら、私がレミオロメンに感じる不安がそのままにグラグラしたんです。
レミオロメン自体もまぁ色々暗中模索してたし、レミオロメンらしさって何だろうって考え続けてたし。
それが、このツアーやこのライブで、「レミオロメンらしさ」を、ピコピコに見つけるのではなく、本来の3ピースに見た藤巻さん神宮司さん前田さんのレミオロメンを私は信じれるって確信したんです。
やっぱり好き、だし。
これからも、だし。
「昔のレミオロメンが好きだった」とか、そんな自己満で身勝手で一人よがりな台詞と分かっていながら、そんな事思いたくないけど思ってしまった自分に自己嫌悪した頃の事をやっと通り過ぎたような気がします。
ってまぁ、私の心境の変化を吐露しただけの記事になってしまいましたが(スッキリしました( ̄▽ ̄))、次はセトリに合わせて感想を書きたいです。忘れないうちに!