何とか・・・・
年を明けることができました。
昨年暮れ前から主人が爆発して、子供が具合が悪くなってしまいました。
何をしても怒られる。
そんな主人に何を言っても始まりません。
ひたすら、嵐が去るのを待つばかりでした。
こちらが、変わるしかない!と思います。
正直怖いですから、そんなことなかなか出来ないのが本音ですけど・・・
「我慢すればいい」と考えていた私が甘かったのかも知れません。
だからと言って、今ここを去るわけにもいかず・・・・
今年は少し変わりたいし、自立もしたい!と思います。
でも、あまりがんばりすぎると私が倒れてしまうので、欲張らない程度にがんばっていこうと思います。
怖くて・・・・・
震えが止まらない。
主人の言動や行動が怖いのだ。
この間から、異常に気分が悪いらしく、やたらと絡んできていた。
「きっと会社が大変なんだ」そう思っていた。
しかし、違った。
私や子供に対してだけ不満があるみたいだ。
次の日、口笛を吹いて外出する主人を見てしまった。
私も子供もここでは邪魔?
殺したい?
死んでほしいのだろうか?
邪魔者は消えろと思っているのか?
毎日不機嫌で帰ってくる。
怖くてたまらない。
しかも、人生は面白いもので、子供の成績がこのほど帰ってくるらしい。
悪たれるチャンス到来!
精神的暴力が続いている。
どうしたら、いいのだろう?
怖くてたまらない。
自分の中で・・・・
何かが壊れている。
人に対する思いやり?だろうか?
自分本位な身勝手さだろうか?
最近一人で出かけられるようになってきた。
それで傲慢になっているのだろうか?
だからといって、「引きこもりは嫌だ」
人とのコミュニケーションも面倒になってきた。
「何もかもどうでもいいや!」って思えるようになれれば、いいのかな?
まだまだ、修行が足りない。
何をやっても・・・・・
文句ばかり言われている。
どうやっても、主人の言う通りには出来ない。
何が悪いのか?
私が悪いのだ。
総て私が悪い。
子供を生んだのも、結婚したのも、総て私が悪いのだ。
こんな女になったのも、主人や父や、叔父や叔母や、みんなが嫌がらせをし、文句を言うのも、総て私が悪いのだ。
「生まれてきて良かった?」と聞かれて、
「うん、きっと良かった」と今は自身を持って言えない。
でも、「死のう」とも思わない。
人間はいつかは死ぬ。
「死にたいときに好きな形で死ねるわけではないが。」
「生きたくても生きられない人」もたくさんいる。
だから、「死ぬ」とは考えられない。
自分のせいでこうなったのだから、仕方がないが、後戻りは出来ない。
前に進むだけだ。
後悔と、懺悔と、心に溜まった物を飲み込みながら!
「自分を変えれば、人も変わる」と何かの本で読んだ。
しかし、自分自身、主人の足音に怯え、行動に怯え、言動に怯え、子供の行動に怯えて暮らしている今では、変えることが難しい。
どんなに薬を飲んでも、どんなにカウンセリングに通っても、私自身が、「恐怖との戦い」で疲れてしまった。
もう少し。もう少しと我慢してきた。
これからも、「もう少し、後少しだから・・・」と自分に言い聞かせて、年だけとって、動けなくなるのだろう。
「そんなの嫌だ!」と心の声はしている。
今自分に出来ることから・・・・・
何が出来るんだろう?
自問自答の世界になってしまう。
落ち込んでいる?
今の私は先が見えている?状態なので、常にピリピリしている。
「どうして?何で?」
「どうしよう? どうしようない!」
焦る気持ちと、落ち着かない気持ちとで、生活するのが精一杯なのである。
正確に言うと、「ひとつのこと!」をするだけでも凄いパワーを使っているのである。
しなければ、怒鳴られる。
怒鳴られたくなければ、動くしかない!
きっと落ち込んでいるから、不安だし、怖いのだろうか?
ずっと続く生活。
当たり前の生活なのだが、私には当たり前!が出来ない。
毎日の行動で・・・・
主人がどう動くか?
いつ文句を言ってくるか?
毎日毎日ピリピリしながら生活している。
きっとそのうち、大騒ぎをするんです!(-"-;A
分かっているから、そのことを考えると眠れなくなります。
どうしようもないこと。
茨の道です。
でも、誰もがきっとその茨の道を歩いているんだと思います。
誰にだって大きな悩みや小さな悩みはあります。
自分の中で小さな問題でも大きくしてしまう場合もあります。
この不安な世の中で、「生きていく」ということはとても大事だと思うのです。
親は・・・・
いくつになっても子供がかわいい。らしい・・・・・
40代の男を捕まえて「あんな子じゃなかったのに・・・」と???
私に言わせれば、昔からそうだったんだよ!(=`(∞)´=)
人の嫌がることなら何でもする。
殺人以外ではね。
家族なんて必要のない人。
世の中そんな人が増えてきている。
家の主人もそうだと思う。
「我侭なのよ」と主人の母は言う。
が、私の子供に文句を言ったり、虐待している事実も知っているのに、「別れなさい」とは絶対に言わない。
私達の苦労など知ったことではないのだ。
かわいいのは自分の子供であり、私は嫁であり、子供は、私の家系の子供だと思っているから、関係ないのだ。
かわいいのは、自分の娘であり、娘の産んだ子供は主人に似ていてかわいいのだ。
義理の妹は「我慢が出来ないし。嫌だとなったら、とことん嫌だからね」と母は言う。
私だって同じだ。
その我慢が出来なくなって、病気を併発しているのだ。
ただ何がここに踏みとどまらせているか?
「子供のためだ」
・・・・・・・・暴力・虐待センターでは「さっさと離婚したほうがいいでしょう」と言われる。
しかし、子供の学校が変わることは、決して今の段階ではいいことではないと思っている。
子供に負担をしいるのはどちらがいいのか?
ここを離れ、二人で暮らすにも、色々大変だ。
まず、主人が「絶対に別れない」と言い出し、「お前らが勝手に出ていったのだから、好きにしろ!」と口では言うが実際は、自分で子供の後をつけ、新しい家を見つけ出し、子供を引きずってでも連れ帰るだろう。
新しい生活になっても毎日不安の中での生活ならば、今と変わらない。
夕飯も話すことも出来ず、少しだけ食べて、すぐに部屋に入って勉強をしなければならない。
しかし、「勉強しているふりをするな!」と怒鳴りつける。
「時間数だけ机に向かっていればいいと思っているんだろう」と怒鳴りつける。
じゃぁ、「終わったから・・・・」と言ってテレビを見たり、ゲームでもしよう、ものならまた、怒鳴りだす。
「勉強も出来ないやつが遊ぶんじゃね~」と・・・・・・・
どうやっても文句なのだ。
「自分に後悔しているから」と言う理由だ。
あきれ返る。
自分の人生もまともに生きられないやつが人の人生語っているんじゃないよ!
このまま、ここにいても、次は「どこの大学へ行け!」と勝手に決めるのだろう。
そこまで、私も付き合ってられない。
最初から自分の人生を振り返って「これじゃいけない」と思った時から、人は少しでも変わろうと努力するはずだが・・・・
今の人はそんなことをしないで、人を変えようとするのか?
それじゃ、まるで「いじめ」ではないか?
頭の良い奥さんをもらい、頭の良い子供を産んでもらえば、良かったのではないのか?
私は今更・・・・とは思わない。
人生はやり直しがきくと思うから。
「我侭」と言う一言で済まされる問題ではないと思う。
履修問題
風邪を引いてかなりだるくなってしまって更新が出来ませんでした。
一応、収まったようですね。
でも、今年の卒業する高校3年生は大変ですね。
いくら、~単位とは言え、受験生にとってはこれからが大事な時期。
しかも、「今までもあったこと」と・・・・・
大学の方も「履修していない者には入学を許可しない」と言っている所もあるそうですね。
今の高校3年生はどうすれば??と不安になると思います。
「ゆとり教育」としてやってきたことが、こんな形になってしまったのでしょうか?
毎年変わる、教育方針。
受験体制。
子供たちも親たちも色々な情報に翻弄され、迷いながら、手探りながら、受験しているわけです。
もっと大人たちが考えなければいけない問題が多い気がします。
愚痴ります!
どうしても騒ぎを起こさないと気が済まない人というのがいるんです。>世の中には
原因は色々ありますが、小さなときに虐待を受けた人もそうだと読んだことがあります。
小さい頃から、「常に周りがうるさかったために、家庭を持っても騒いでいないと自分の存在を忘れてしまうから・・・」だと言われているそうです。
ということは、家の主人もそうだったのでしょうか?
主人の母は「家はそんなことしていない!」と言います。が・・・・・
突然変異で生まれたのでしょうか?
亡くなった主人の父は自衛隊でした。
自衛隊=暴力?的なところもあります。(みんながみんなそうではありません)
そのせいなのでしょうか?
家庭では誰も相手にしてくれなくなってきたので、今度は親戚を使って、こちらに攻撃?を仕掛けてきました。
まったく、やっていられない。
そして、私の対応が悪いと怒っておいでです。
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怒りたいのはこっちです。
何も聞かされていないのに、勝手に会社を休んでいれば、当然家に電話があるのが当たり前だと思うのですが・・・・・
「俺は忙しいんだ。俺は大変なんだ。俺は・・・俺は・・・・」
うるさい!
生きる
最近、殺伐としたニュースしか見ていない気がします。
「人は助け合っていくもの」と教えられたような気がしますが、実際は誰を頼っていいかさえわからない時代になってしまいました。
昔からそうだったのかもしれない。
人は孤独です。
だからこそ、人にも優しく出来るのではないのでしょうか?
今は自分のことだけで精一杯の人も多いです。
でも、その人が消えたら悲しむ人も多いはずです。
「生きること」「生きていくこと」も勇気です。
自ら命を絶つことがあってはいけないのです。
がんばらずに、生きていきましょう。