桐野夏生さんの作品って、

ある事象をぐっとリアルに描くのだけれど、

それに対する解釈みたいなものはない。

ただそのことを当事者として描くだけ。

余計なものがないから、読者は物語の中に純粋に入っていける。

 

バブル期の証券会社社員たちを描いた本作品もまさにそう。

証券会社の社員というと、

バブルの片棒を担いだ人たちというか、渦中にいた人たちというか。

 

その彼らが、詐欺まがいのような手口で客を集め、

倍々ゲーム、といった具合に儲かり、

お金に対する感覚がおかしくなり、

狂気が最高潮に達したところで

バブルが崩壊し

その後は転落の一途をたどる。

 

プロローグが上手い。

コロナ禍で雇止めにあいホームレスとなった女性が登場し、

そこから回顧する構成になっている。読者は最初から、

登場人物の「転落」を知ったうえで話をたどることになる。

 

非常に興味をひいたのが、NTT株を売り出した際の顛末。

電電公社が民営化されてNTTとなり、その株を政府が売り出すことになった。

当初から高値がつくことが予想されたため、抽選で売り出され、

予想通り、ぐんぐん株価は上がった。

作品の中では主人公たちがNTT株を売る様子が描かれるが、

株の購入は抽選制なので、

親戚やペットの名前まで使って購入しようとする。

コンプライアンスもへったくれもない。

誰もが金に目がくらんで「なんでもあり」な状態。

 

私自身、NTT株、という名称は何度も耳にしていた。

というか、私の父が購入していたのを覚えている。

しょっちゅう、父が「NTTが、NTTが」と言っていた。

片田舎に住んでいた中学生だった私のところにも、

バブルの飛沫が飛んできていたということだ。

読後、気になって父に電話してたずねてしまった!

 

抽選制だったのにどうして手に入ったのか、と聞くと、

知人の紹介だったそう。

そしてどのくらい儲かったのか確認したら、

「株価が500万くらいまでいくと思って欲をかいて持ち続けていたら

値下がりして、結果的に10万円くらいしか儲からなかった」そうだ。

 

NTT株について調べると、

売り出し価格119万円が、

公開から2カ月で318万円まで上がったとのこと。

私の父は500万円まで上がると期待していたため、

売る時期をのがしたらしい。

 

…しかし。

この作品を読むと、たった10万円しか儲からなくて、

父はラッキーだったのではないかと思う。

濡れ手に粟のような状態で大金を手にすると、

使い方を誤るし価値観がおかしくなってしまっただろう。

 

その、「金の使い方を誤ると価値観がおかしくなって人生を誤る」という

よき例をこの作品でみたような気がした。