いつもブログを読んでいただきありがとうございます。

毎日(とは限らないですが)、時系列でもなく、テーマも統一性なく💦、気まぐれに思い付きで、詩の紹介や父(吉野弘)のエピソードを綴っています。

 

今日は、父の第7詩集「叙景」に収められた「夜遅く」という詩を読んでいただきたく、ご紹介します。

「叙景」は、私たち家族が狭山市に移り住んで5年後(1979年11月)に上梓されたものです。

 

家は、西武新宿線の入曽駅から、徒歩で約15分のところにありました。

当時、入曽駅の周辺はこじんまりとしていました。夜になると駅の周辺だけは明るいけれど、そこから1分も歩くと結構暗かった💦

 

電車を利用する私と父は、駅から徒歩1分ちょっとのところにある自転車置き場(個人のお宅の狭い空き地)を借りていました。

今はどんな風かわかりませんが、駅に隣接する駐輪場というものがまだなかったので、自宅が駅から遠い人たちは、駅の近くのあちこちに分散する、個人のお宅「自転車置き場」を探して借りていたんです。

駅にものすごく近い場所を利用している人もいれば、やむを得ずちょっと遠いところの自転車置き場を借りている人もいました。

 

父は執筆業に専念するようになると、自宅で仕事をすることが多かったのですが、そのころになると、講演や詩の教室の講師の仕事なども増え、帰りが遅くなることも多かったようです。一日の終わりに、人間臭い風景を感じていたんだなぁ。。。

 

 

夜遅く

 

夜遅く

郊外の小駅に電車がすべりこむ。

影のような背を見せて

ほの暗いホームに乗客が降り立つ。

私もその一人。

影の重なりを逸早く抜け出し

ホームを駆けてゆくのは

駅前タクシーに飛び込む人たち。

改札口を出て

人が右に左に散ってゆく。

その横を

音もなく過ぎ

水にまぎれこむ魚のように

暗がりにまぎれゆく自転車。

商店の鎧戸を激しくあおって

突っ走ってゆくタクシー。

同じ方向に歩いて帰る人たちは

商店街を抜け

住宅街に伸びた一本道へと

次第にまとまり

やがて片側を一列につらなる。

私もその一人。

前と後ろに靴音がある。

人と人との間には

おのずからなる隔たりがあって

その間隔は殆ど一定に保たれる。

それは

他人の身辺を侵すまいとする配慮のようであり

他人をある範囲内には寄せ付けまいとする互いの

暗黙の了解のようでもある。

明瞭に個人である隔たりを置いて

優雅で寂しい一列は

いくつかの街灯の輪の下を過ぎてゆく。

ごく稀に

列の中で口笛を吹く者がいる。

スキャットふうに歌をうたうものがいる。

歌を商売にして歌っている人ではなく

こうして、一日の終わりごろ

何気なく歌につかまっている人を

暗がりを頼りに聞くのは、いい。

前を歩いているその歌が

不意に角を曲がり

歌のつづきを

私が引き継いでうたっていたりする。