ドリアン長野の読書三昧

ドリアン長野の読書三昧

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「お父さんは広島で被爆したらしいね」とある人から言われたのは僕が40歳代のときだった。厳格な父を嫌い、高校卒業後に家を出た僕は長い間、帰省しなかった。米子生まれの父がなぜ?という思いもあり、久しぶりに帰省した僕は意を決して聞いてみた。僕が初めて父と真剣に向き合った時間だった。

1945(昭和20)年3月に沖縄戦が始まり、6月に陥落。その報を聞いた祖母は日本の敗戦を確信し、どうせ死ぬなら家族と共に死にたい、と広島連隊で衛生兵をしていた祖父のいる広島への移住を決意したという。

「あれは田植えが終わった頃だったなあ」と父は記憶をたぐり寄せるように話し始めた。10歳だった父は迎えに来た憲兵に連れられて一足先に広島に着いた。その後、祖母と弟二人が広島に来たのが原爆投下の四日前だった。

8月6日、仮住まいとしていた祈祷所での朝食後、父は生後半歳の弟を抱いて外に出た。膝の上であやしていると右方向からの強烈な閃光を感じて思わず首をすくめた。と同時に爆風で弟が吹き飛び、周囲の建物が瓦解して生き埋めになった。弟の泣き叫ぶ声がしたが、やがて聞こえなくなった。父は必死に這い出し、二日間市内を探し回って奇跡的に祖父母と再会したと言う。

父は2021年に多臓器癌で亡くなった。その三年後、平和記念式典に広島に縁のある岸田総理が出席すると聞き、初めて参列した。式典後、炎天下の市内を歩いた。

祖父が父を迎えに行った場所、祈祷所、祖父母と再会した場所、二人の弟が祀られていると思われる寺。僕は父のことを何も知らなかった。生家にいたときに胸襟を開いて話せばよかった。そう思うと流れる汗に涙がにじんだ。今年もまたあの日の夏が来る。