私のささやかな夏の楽しみは仕事帰りにコンビニに寄って、ノンアルビールとつまみを買ってイートインで本を読むことだ。
つまみは高くても200円代。ポテチとかイカフライとか。週に二回くらい。
1時間ほど過ごして、それからスーパーで夕食の材料を買い帰宅して夕食を作る。妻は既に帰宅している。娘は塾から帰ってくるのが8時半。三人で録画した朝ドラを観ながら食事。シャワーして夕刊を読む。中二の娘は学校であったことや、どこかで仕入れてきた知識を喋ってくる。
思春期になると、親が何を聞いても「別に」「フツー」としか言わないのが常らしいのだが、それを思うとわが家は助かっている。子どもの状況がよくわかるからだ。しかし夕刊や本を読んでいる時にいろいろと話しかけられると、正直うるさいなあと感じる。いや、こんな事を思うとバチが当たる。息子が全員スタンフォード大学に入学したというアグネス・チャンは彼らが幼い時に質問してきたら、待ってました!よくぞ質問してくれた、と一緒に調べたり考えたりしたというではないか。
僕は子育てに関して強い信念や一家言があるわけではないが、結婚する前から決めていたことがある。
「勉強しろ、とは言わない」「子どもが◯◯したい、と言ったら否定しない」
「勉強しなさい」と言って素直に勉強する子どもがいるだろうか。もし、いたら感心するより不気味だなあと思ってしまう。それよりは親が手本を見せる方がはるかに効果があると思う。子どもが◯◯したい、と言ったら、親の価値観や経験則から否定したくなる気持ちはわかる。しかし頭から否定するのはどうだろうか。
鴻上尚史さんの『ほがらか人生相談』俳優になりたいという大学生の息子を持つ父親の相談があった。彼は息子が人生を棒に振ることになることを心配し、反対している。
今まで劇団に入らず、自分で劇団を作ってきた著者は自らの体験を語った後、こう言う。
「息子さんが決めるのです。親が決めるのではありません。息子さんに言ってあげてください。大切なのは、自分の生き方に納得できるかどうかだと」
少し方向性は違うが、『マザーグースと三匹の子豚』に印象的なエピソードが書かれている。
ある日アメリカに住もうと決心した桐島さん、子どもたちにアメリカに行くからと宣言し、必要な物を詰めてきなさいと旅行トランクをひとつづつ渡し、何日に羽田に集合と言いわたす。
渡米の日まで原稿を書き溜めて出発日に羽田で落ち合い、トランクをあらためてみると、常識的な物しか入ってなかったのでホッとすると同時にガッカリもした、そうだ。
ヤマザキマリさんのお母さんはマリさんが14歳の時に一人でヨーロッパに行かせたそうだ。それが今のマリさんを形作っていることは間違いない。
僕の好きな話がある。船木誠勝が中学卒業後にプロレスラーになるために青森から上京したいと言った。「プロレスはお前のやることじゃないからやめてくれ」と泣いて頼む母親に彼は言った。
「もし人生が二度あるなら、一度はお母さんの言う通りにします。でも一度しかないから僕の思うようにさせてください」と。
僕はよく娘を褒める。これは無理に褒めているのではなく、よく観察していれば子どもには絶対に良いところがあるはずだ。
アーティスティックスイミング(旧シンクロナイズドスイミング)の鬼コーチと呼ばれた井村雅代さんは生徒がスイミングを辞めたい、と言うと、「あんたの限界はあんたが決めるんやない、私が決める」と言ったそうだ。これだけ聞くとパワハラだと思われるが、彼女は一人一人の生徒を観察し、性格や資質をよく見極めていた。
子育ては親が育てられることだとはよく言われるが、本当にそう思う。妻は子どもが3歳くらいまでは「未熟な私たち親が成長するために神様が子どもを与えてくれたんだ」と言っていた。
『ビリギャル』のさやかさんは塾で坪井先生に勉強を教わるのだが、さやかさんのお母さんにこう聞く。
「お母さんはさやかさんがどんな時に一番嬉しく思いますか」
普通、試験でいい点を取ったとか、部活で活躍し
たとかだろう。お母さんはこう答えた。
「さやかが無事に学校から帰ってきた時です」
これを聞いた坪井先生は言う。
「お母さん、満点です。そう答えた人は初めてです」
親は子どもにあれもこれもと期待をかける。でも親は子どもが生きていればそれでいいのではないか。
僕は土曜日に教会で空手を教えている。まだ娘が小さい頃、自転車の前カゴに入れて教会に向かった。教会の手前にはかなりの坂道がある。
ふうふう言いながら自転車をこぐ。娘が「パパ、がんばれ、がんばれ」と言う。
その時の空の青さとか風景をいまだに覚えている。
子どもはいつだって親の応援団だ。それは子どもではなく、親がそう感じるのだ。
