日曜日、石川県で震度6強の地震が起きたようで、とても心配だ。特に知り合いはいないものの、大地震となると色々考えてしまう。ちょうどお産している人はいなかっただろうか、とか、ちょうど結婚式を挙げている最中の人は、とか。TVで見ても、おうちがぺしゃんこだし、水もないみたいだし。食べ物はあるのかな。毛布とかは?大の大人でも大変なのに、やーやみたいな赤ちゃんや、介護の必要な人たちはどうしているんだろう。

私の住む県は、私が生まれる一年ほど前の年にとても大きな地震があった。それから30年近く経ち、それを超えるような大地震が近いうち来る、と言われつづけて久しい。だから水や懐中電灯位なら用意はしてあるけれど、用意しなければならないものは、まだまだたくさんあるだろうなぁ。

いつも思うけれど、もっと事前に地震がいつ来るのか、を予測できるようにならないかな。誰かに早く作って欲しい。もしくは、大きな地震が来ても大丈夫な建物とか。あと、被災者の救済も、もっと迅速に丁寧にして欲しい。何だか、地域や場所によって、大きい地震が起こった時の対応がまるで違うのはとても腹立たしいし、悲しい。日本は地震列島で、どこかで必ず大きな地震が来るんだから。あつものに懲りてなますを吹く、位の用意周到さがほしいわ。あ~あ、一気にドカンと来るんじゃなくて、毎日ちょっとずつ揺れるようにはならないものかなぁ。

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実は、私も大きな地震の体験者だ。残念なことに30年前に地震が起きたプレートでの揺れではなかったため、依然として大地震の恐怖はある。何度も怖い思いをしたのに、損した気分だ。

そう、私は複数回、大きな地震を体験したことがある。計4回だ。多いでしょ。

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忘れもしない4年前の夏の夕方、揺れは突然起こった。私は仕事場で机に向かっていた。初めは小さかったけれど、すぐに建物全体がグワシャグワシャと揺れだした。

それまで私が体験した最も大きな震度は3だったため、大変恐ろしかった。机の下に隠れながら、床が崩れたら死んじゃうかな~とぼんやり考えていた(二階にいたので)。長い揺れが収まり、誰かがTVを付けると、震度は5強で、大変局地的な地震であったということが分かった。県内でも本当に限られた場所だけが揺れたらしかった。

職場では、早く帰ったほうがいいということになり、みんな家の無事を確認するため帰っていった。もちろん私も。私の実家は築120年なので、潰れていたらどうしよう、と気が気ではなかった。

家に着くと、みんな無事だったのでほっとした。古い家は揺れから逃れる構造になっているのか、食器も落ちなかったらしい。ビバ古民家。

そんなこんなでそれぞれが帰宅し、いつも通りの夜を迎えた。余震は何度か来たけれど、震度2程度だったのでもう大丈夫という感があった。晩御飯を食べ、おじいちゃんおばあちゃんが眠り、地震について話しながら過ごした。

夜12時過ぎ、居間でうたた寝し始めた時、来た。揺れが。一瞬わけがわからなくなった。みんな大慌てで外へ逃げる。私やひさりはおじいちゃんおばあちゃんを起こしに行った。またこんなに大きな地震が来るなんて思いもしない。


外に出ると、家はポルターガイストのように不気味に揺れていた。おっかね~。落ち着いてからTVを見れば、震度5弱。また一部地域だけの揺れらしかった。勘弁してよ~。


まあ、津波も来ないようだし大丈夫かな、と言い合い、それぞれの部屋へ行き、眠りについた。


そして翌朝、ドン!という音と衝撃で一気に目が覚めた。まさか。


そのまさかだった。また来た。しかも、前日のよりも大きい。長いし。やっとのことで移動し、窓を開けた。地震の時は窓がゆがんで開けられなくなるので、すぐ開けるように・と教わったことがあるので無意識の習慣になっている。


長い揺れが収まり、みんなもううんざり、という顔で起きてきた。ほんとに、うんざりだった。「いい加減にしろよばーか」と、とりあえず地面に向かって言ってしまった。震度は6弱。あとからの報道で分かったのだけれどどうやら、余震ではなくそれが本震だったらしい。大きな余震が2度来たため、力が分散されたそうだ。だから、もし一気に来ていたら大惨事になっていたかもしれない。ひええ。


同じ町内でも被害の違いは大きかった。うちは大丈夫だったけれど、家が潰れた人、家具が全滅した人など、ひどい所はほんとにひどかった。せっかく地震では死んだ人がいなかったのに、将来を悲観して自ら亡くなってしまった方がいたようだ。悲しい話だ。


というわけで、24時間の間に大きな地震を3回も体験してしまったのでした。残る1回は、また明日。


・・・・・・では、地震②につづく。


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今日はアレルギー症状が特にひどかった。やだなあ~・・・。やーやが今週から頭を盛んにフリフリしている。彼の流行らしい。楽しいのかな。


やってみた。


特に楽しくもない。おっ、ぱっと見、ヘビメタ親子だわね。




何だか、昨日から花粉症の症状が重い。目がかゆかゆで鼻ぐずぐず。早くいなくならないかな、花粉。いつまでが花粉の時期なんだろう。時折、やーやが咳をしているのは花粉のせいなのかな?こんな赤ちゃんのうちから花粉症になったら可哀相だなあ。

きゃるが言うには、昔の人は寄生虫がいたから花粉症にならないんだ、だそうだ。宿主を守ろうとする力がそういうところでも働いているのではないか、と言う。彼の理論は結局、今の人たちは何でもかんでも神経質になりすぎるという結論に達する。あんまりきれいにしておくと、弱い子供になる、と日ごろから唱えているきゃる。かといって、寄生虫ライフに踏み込むほど寛容な精神は、あいにく持ち合わせていないし、持ち合わせてはいけなくないか、一児の母として。

まあ、それは極論で、きゃるはなにも「寄生虫を寄生させろ」と言いたいわけではない。彼が言いたいのは、寄生虫がいると花粉症にならない・もしくはなりにくいのでは、という思いつき。あと、子供はある程度野放しにしてやれよ、というアドバイスだろう。サンクス、きゃる。

この説を話すと、大半の人が納得する。そうかもしれない、と感慨深げにうなずいたりしている。確かに、年寄りの人に花粉症やアレルギーの人は今まで見たことが無い。私は、だけれど。実家のおばあちゃんなど、どこをどう歩いたんだか髪に杉の枝がたくさん刺さっていることがよくあった(彼女は大仏ヘア・もしくは伸びたパンチパーマという、中年以降の女性の代表的なヘアスタイルをしている。だからいろいろ刺さる)。まあ、年寄りが全員、お腹に虫がいたとは思わないけれど。

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確かに、花粉症やアレルギーは苦しい。とても。けれど、お腹に虫を飼うなんて無理だ。絶対に嫌だ。誰だってそうだろうけど。虫のレオパ○スになんてなってやれるわけがない。家賃も食費も入れないくせにさ。そういう問題じゃないか。

高校の時、ちらっとそういうダイエットがあると聞いたことがある。食べても食べてもお腹の虫が栄養を取ってしまうため、痩せていくのだという。本当にそんなことした女の子がいるんだろうか。信じられない。

「やせたね、なんかダイエットでもしてんの~?」

「うん、あのね~虫飼ってるの、お腹で。」

100%、友達なくすよ。それどころじゃなく色々なくすよ。そんな根性あるんなら、10キロでも20キロでも走ったほうがいいって。

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私は昔、検査でお腹に石が見つかったことがある。とても小さいので、自然に出てくるでしょうと、お医者さん談。よく、胆石とかができると、出る時ものすごく痛いと聞いたことがあったので内心びびっていた私はその言葉に安心した。


時々お腹を見ては、「石、まだいるのかな~」と考える日々がつづき、なんとなく愛着が湧いてきた。痛むとか苦しいとか何か弊害があるならともかく、ただいるだけの石。かわいいじゃない。好きな時に出て行くが良い。私はお腹の中の石にベティという名前をつけた。


妹にも教えると、たまに「ベティまだいるのかな~」と言ってきたりした。でもそれから一度も検査に引っかからないところを見ると、ほどなく旅立って行ったのかもしれない。


あら、もしかして、やーやってばベティの後輩ってことかしら?



今日は久しぶりにとても天気がよくお洗濯日和だったため、休日の汚れ物が溜まっていた分嬉しかった。お天気って、気分だけでなく家事も左右するから。さあ、汚れた衣類たちよ、どんとこい。下着やらズボンやらセーターやらやーやの服やら、片っ端から洗って干した。風が強いため、時々色々コンクリートに落ちていたけれどまあいいや。コンクリートだから汚れないし。


ちょっと前に、パパがベージュのチェックのシャツが見つからないと言っていた事があった。タンスの奥のほうにでもあるんじゃないかと思っていたらある日、パパがハンガーに掛けられたままの、ちょっと薄汚れたそのシャツを持って帰ってきた。え?何故。


「うちの裏のほうに落ちてたよ・・・。」な、なに~!


所詮俺の服なんてそういう扱いなんだ、と悲しむパパ。ごめんね、わからなったの。下に落ちていたなら気づくけど、そんな遠くに旅に出るとは思わなかったんだもん。


それから、なんとなくうちの裏も時々確認してみているけれど、新たな迷い服は今のところ発見していない。ただ、隣の家に私のパンツや何かが遊びに行くようなことは起こらないで欲しいな。


洗濯物が全部乾いて嬉しい私です。ではつづき。


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結婚式前夜、何が食べたいかひさりに聞かれたので、お煮付けとお蒸かしご飯とおくずかけをリクエストした。この家での、「お袋の味」だ。パパもやって来た。当時、パパは私の実家と非常に近い所に住んでおり、一人でご飯は可哀相だから、とみんなで呼んだのだった。妹も当時は美容院での仕事をしてたので、休みを取って帰ってきていた。弟も、言い含められていたのか、晩御飯の時には帰ってきた。ので、家族揃っての賑やかな、最後の晩餐?となった。


パパが帰り、おじいちゃんとおばあちゃんも眠り、明日のことについて話していると、妹が、「今日、せっかくだからみんなで寝っぺ~」と言い出した。妹案によると、私はきゃると、妹はひさりと、弟は空いたとこで。らしい。


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その頃の弟も家に帰ってこない症候群だったためいつの間にかいなくなっていた。私と妹は、爪にマニキュアを塗ったりシールを貼ったりし、あっというまに深夜になってしまった。油断して、まだ乾かないうちに触ったりどこかに引っ掛けてマニキュアがはがれたしまったからだ。ひさりもきゃるも、寝室に行ってしまった。


乾くまで待ち、かなり夜更けにきゃるとひさりのもとへ。二人ともイビキをかいて寝ていた。そして、妹はひさりの布団、私はきゃるの布団へ。


私「きゃる~。入れてよ~。」


きゃる「・・・自分の部屋で寝ればいいべ~・・・(かなりめんどくさげ)」


私「いいでしょ。入れてよ~。」


きゃる「・・・チッ(舌打ち)」


これが、嫁入り前夜の娘に対する父親の対応なの?父よ。まあいいけど。


私は、眠っていると無意識に布団を自分の方へ引っ張る癖がある。この日も例外では無かったようだ。時折、きゃるの


「寒いよぉ、寒いよぉ」


という声が聞こえたので。


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早朝、弟がやってきた。どうやら、妹の言うとおりにしようと眠りにやってきたようだった。来るや否や、「どけどけ~」と妹を起こし、温かい布団で眠り始めた。なんて奴だ。


もう起きなければいけない時間らしく、ひさりも起き出し、私も起こされた。何でも、バスで向かう人たちの分の軽食(お赤飯おにぎり・桜の花の塩漬け付き、とかまぼこ)の用意をするから手伝えということらしかった。私は11時までに会場に入れば良かったので、朝は時間があった。しっかり準備をする頭数に入れられていたのね。でも、披露宴で食事出るのに。やっぱり必要なのね、こういうのって。


軽食の用意も終わり、身支度を整えるとパパが迎えに来た。で、車で会場へ。


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念入りに化粧をし、カツラをつけ、白無垢を着、花嫁化。今は、妊婦さん用に、締め付けないように着られる着物があるのね。


同じく袴を着て花婿化したパパと、親族控え室へ。そこは、布で仕切られた部屋で、新郎側と新婦側それぞれの親族が布で仕切られる形で新郎新婦を待っている。新郎新婦、それぞれの親族のいる入り口から入ったあと、中央の布が引かれ、親族ご対面という形になっている。


緊張して中に入ると、みんな揃っていた。実家のメンバーやマーミー、ひさりやきゃるの兄弟に、いとこ達。みんな来てくれてありがとう。ん?何故かみんなにやにや笑っている。そこで弟が笑いながら、


「おめ~、カツラと顔の幅同じだべや~!」


ドッと湧き上がる親類達。にやにやからゲラゲラだ。みんなの笑い声を聞きながら、(私なんで白無垢着てこんなに笑われてるんだろう・・・。)と物思いにふける私。


あとになってパパが言うには、どう考えても笑いの起きる状況ではないのに、布で仕切られた向こう側から聞こえてくる爆笑の渦に、S家側親族は何事かと訳がわからなったそうだ。


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そんなこんなで始まった式・披露宴だけれど、本当にあっと言う間だった。リハーサルなしのぶっつけ本番なので、非常にドキドキした。


実は披露宴では、私の家族に対するサプライズがあった。サプライズといっても、エスコートなのだけれど。ウェディングドレスでの入場。それはきゃる。そして退場は弟と妹。3人とも自分の出番は無いと思っていたので、かなり驚いたようだ。ひさりには和装の時エスコートしてもらったけれど、それは事前に頼んでおいたので、親兄弟みんな披露宴参加ということになった。


エスコートしてから、「お母さんどこ行けばいいの」とうろつくひさり。その直後、新郎新婦で吹き抜けの階段を新郎新婦で下ってくる、というこの式場売りのセレモニーで、披露宴がまだ始まらないのに号泣するひさり。それにもらい泣きするS家両親。ずっと泣きっぱなしで、「今日はあんたが嫁に行くんだっけ」とつっこまれた妹。涙目のきゃる。テンションの高い弟。


天気にも恵まれ、本当にいい式だった。初めはいらないと思っていたけれど、写真もビデオもプロに頼んで本当に良かった。格テーブルの写真や全体写真など、わがままを聞いてもらえたし。私情が入ったビデオとはやはり全然違ったし。高いけれど。ビデオ=10万円くらい、写真=17万くらい。


また、ブーケを押し花にして、額に入れるという物も、利用した。ちょっと高かったけれど。3万円くらい?これも、一見絵のようで、部屋に高級感を与えてくれる。想い出にもなるし。


というわけで、長い長いわたしの結婚式話はおわりです。