本日より、アメブロからノートnoteブログへ

お引越しすることになりました😊


今までありがとうございました!!


こちらの方で、現在連載中の

ななほしさんの体験記 いのり

を続けていこうと思います☺️


note

https://note.com/nanahoshi073




もしよかったら,遊びに来てくださると嬉しいです


このブログは一応残しておこうと思ってます🥰



本当にこれまでありがとうございました💕😊

 

 意宣り ― いのり ―

 

 

はじめに

 

 

 

はじめまして。の方も

 

前から見てくれてるよって方も

 

 

 

こんにちは。

ななほしの月地史乃です

 

image

 

 

ご縁をいただけて嬉しいです。

 

 

このブログでは、これから

 

私が見ている“ちょっと不思議で、とても優しい世界”についてお話ししていきます。

 

 

 

 

私は13歳のとき

心臓発作で臨死体験をしました。

 

そのときに“あちら側”を少しだけ垣間見たのですが、戻ってきてから人生はガラリと変わりました。

 

それまで見えなかったものが見えるようになったのです。

 

 

 

幽霊、妖怪、妖精、天狗、龍、天使、神様、仏様…。

 

見える存在たちは、まるで夜空に散らばる星々のように多種多様でした。

 

最初は戸惑いもありましたし、日常生活に支障をきたした時期もありました。

 

 

でも、やがて見える世界のコントロールが少しずつできるようになると、彼らが意外と友好的であることに気づきました。

 

 

 

時には、知らないうちに助けてくれたり、世界のバランスを取ってくれたり。

 

見えない存在たちは、この現実世界をそっと支えているのだとわかってきたのです。

 

 

 

 

その一方で、「運が悪い」「自分だけツイてない」と思い込んでいた私の心も少しずつ変わっていきました。

 

見えない世界を知ることで、自分の視点が広がり、目の前の出来事を“別の角度”から見る習慣が生まれたからです。

 

 

 

 

もちろん、見えない存在たちにもいろんな性格があります。まるで人間と同じように、接し方を工夫しないといけない存在もいるのです。

 

波長の違いや波動域によって、相性の良し悪しも変わります。

 

そんな彼らとの付き合い方についても、私の視点で少しずつご紹介していけたらと思っています。

 

 

 

 

このブログは、私が今まで体験してきたこと、出会ってきた存在たちについてお話ししながら、「この世界って思ったより面白いかもしれない」と感じていただける場にしたいと思っています。

 

 

 

 

「信じるも信じないもあなた次第」――なんて言葉がありますが、私はそのどちらでもなく、「面白そうだな」「なんかしっくりくるな」と感じてもらえたら、それだけで十分だと思っています。

 

 

 

 

そして、このブログのタイトルを 『意宣り(いのり)』 としました。

 

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「祈り」とは、想いを言葉にして伝えること。

 

私はこのブログを通して、

「世界は思ったより優しいのかもしれない」

そんなメッセージを、静かにでも力強く宣言していきたいと思っています。

 

 

 

 

目に見えないものに対して、怖がるのではなく、少しだけ優しい目で見てみる。

 

そうすれば、きっと、今まで気づかなかった優しさに触れられるかもしれません。

 

 

 

 

さて、それではここから、私の“ちょっと不思議で優しい世界”の扉を、一緒に開けてみませんか?

 

 

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目次

 

第一章:臨死体験 ― わかった、をプロットする人生がはじまる

    •    一 予想を超えた臨死体験 あの世とは

    •    二 ウォークインと魂の人生計画

    •    三 わかったことは現世(うつしよ)には持ってこれない

 

第二章:見えるということ

    •    一 幽霊ばかり見える日々

    •    (1)大学病院

    •    (2)転院

    •    (3)日常

    •    (4)人生初の憑依体験

    •    二 見える感じるチャンネルと波動域

    •    三 見える能力と人間力は別

    •    四 先祖と今を生きる私たち

 

第三章:魂の仕組み

    •    一 前世・今世・未来世

    •    二 因縁とは 万事塞翁が馬

    •    三 守護霊軍団と守護神軍団

 

第四章:福の神

    •    一 福の神とは

    •    二 「居丈高の福の神 転機」

    •    三 見えないものと生きてきた日本人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわりに

 

最後に、このブログは私の“祈り”でもあります。

 

 

 

 

「おかげさま」という言葉がありますよね。

 

この言葉には、自分一人ではなく、見えない存在たちやさまざまなご縁のおかげで、私たちは生かされている――そんな意味が込められています。

 

 

 

 

これまで私は、見えない存在たちから助けられたり、時には試されたりしながら、自分なりの答えを見つけてきました。

 

 

そしてその経験を通して、「やっぱり世界は優しいのかもしれない」と感じるようになりました。

 

このブログを読んでくださる方の心にも、そんな優しさがふっと灯るような時間が流れますように。

 

 

 


 

 

では、次回からいよいよ本編に入ります。

 

 

 

 

 

どうぞお楽しみに!

 

 

 

 

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こんにちは!月地史乃です

 

この度

 

三重県菰野にある

真言宗寺院

湯の山観音精舎さんの中の

心照会の皆さんたちとともに

 

サイパン戦没者供養(慰霊)に行かせていただきました!

 

心照会さんは

40年以上にわたり

サイパンの戦没者供養をされてきたそうです。

 

 

その功績と実績から

中西住職さんが

サイパン政府観光局より

サイパン観光親善大使を授与されました

 

その授与式にも参加させていただきましたニコニコ

 

私は、いつの頃からか

戦争や英霊の方々に

とてもとても興味を持つようになりました。

 

小・中学生の頃は、戦争ものの歴史や映画は苦手すぎて

それを見たら数日心が不調ないくらいでしたガーン

 

 

 

火垂るの墓、ひめゆりの塔、、、

テレビをつけたらやってましたよね、夏w

 

 

 

 

私が小学校の時の歴史の授業で

 

日本人が外国の人々を大虐殺をしたとか

アジアをせめて領土拡大をして悪いことをしたんだとか

天皇陛下は人間なのに神だと言っていたとか

天皇陛下のために死ななきゃいけない洗脳されてたのだとか

神風特攻隊の愚かさや命の軽視

日本兵や日本の愚かさ

 

たくさん

きいた気がします。うる覚えですが

 

 

これらも、きっと歴史の一場面としての出来事としては

事実存在したかもしれません。

 

なかったと思っているわけでは決してありません

 

 

けれど

これだけだと日本人としての罪悪感ばかりが助長され

 

日本が何故戦争をしなければならなくなったのか

なぜ天皇陛下万歳という言葉があったのか

なぜ無謀だと言われる玉砕戦をしなければならなかったのか

日本人とは何なのか

 

など

 

全貌を知ることはできません。

 

 

 

何事も

バランスは

大事だと思うのです。

 

 

 

私たち戦後の教育を受けて育った人々は

ある意味では非常に偏った教育を受けてきていると言えます。

 

 

GHQの占領下において

ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(英語:War Guilt Information Program)というものがあります。

気になる方はググってみてくださいね

 

 

簡単にいうと、

強敵だった日本人が二度と立ち上がれないように

自虐史観により日本人としてのストーリーや誇り・自信を失い

骨抜きにするプログラムです。

 

 

これがひどいことかというと

勝った側からすれば、戦った相手の力の源泉であるものを奪い失わせることは

普通に考えて、打つ手であったのは間違いないのかもしれません。

 

 

 

この教育を受けてきた

実際その後どうなったか??

 

 

 

 

日本の伝統文化・神話には一切興味はなく

意味がわからなくても「天皇=象徴」とかければテストで点が取れて

政治経済は他人事

どうせ政治家が悪いんだから選挙に行ったって意味がないし

できれば日本を捨てて海外で活躍したい

海外こそ優れていて

日本は劣っている

経済は発展しているかもしれないけれど

私の国籍である日本は世界から見たら賠償請求ばかりされてるATMみたいな国

 

そんなふうに思っていました。

 

誇りなんて一ミリもありません

興味もないんですから。

 

 

 

ある意味

War Guilt Information Programの狙い通り

自国にも自分にも誇りの持つことができない人間だったかもしれません。

 

 

 

 

そんな私が戦争や本当の歴史に興味を持ったのは

小学校の養護教諭として働いていた時でした

 

 

私の勤務していた学校は小さな学校だったので

空き時間があれば授業に参加してもいいよという自由がありました。

 

そこで

子供達と一緒に歴史の授業を聞き直した時に

強烈な違和感とともに

私が受けてきた内容とは何かが大きく違う気がしました

 

私が小学生の時に授業をされていた先生は当時六十歳前。

つまり日本本土空襲でとても怖い思いをしたことのある年代の先生でした。

 

のちにいろいろ学びを進める中で、

年代によって、戦争の受け止め方に違いがあることがわかりました。

 

 

この先生の年代の方は、戦前は戦争のための教育が盛んな時期を過ごされています。

日本には国史という科目がありました

戦後この科目はなくなり、歴史の授業となりました

戦争が激化する頃の国史の教科書には、軍部が戦争を後押しするような解釈をした神話なども載っていると感じました。

(国史教科書を個人的に見比べて)

 

 

国史教科書も、戦争が激化し始める前と後では内容が異なります。

戦争の色の濃い教科書を使っていた状態から

敗戦に伴い、教科書は黒塗りになり

内容が大幅に書き換わりました

 

 

 

この歴史の先生は、まさにこの時代を生きられた方で

幼少期に空襲などで恐ろしい目にあった経験を持ち

今までの常識はほとんどが覆った動乱の時代を生き抜いた年代の方です。

当時多感な子供時代を過ごされたであろう先生は、戦争に対する怒りや理不尽さへの憤りもそういったところから強くおありの方だったのかもしれません。

何が本当で何が大事なことなのか何を信じていいのか

全てが無残に崩れ去る経験の中で、潜在意識レベルで大きく混乱されながらもどうにか折り合いをつけられてきたのではないかと思います。

そのため、この先生からは、

これらの状況を背景にした絵も言われぬ深い憤りが授業の中から伝わってきていたのを

当時私は、小学生なり感じていたのだと思います。

 

 

 

 

のちにわかったことですが

この先生の年代の方と、実際に戦地に赴かれた方々の世代とも

価値観は変わるようです。

それは、長くなるのでまた今度。

 

 

 

随分脱線しました。

話を、私が大人になってから聞いた歴史授業の場面に戻します

 

何が言いたいかというと

 

私が小学生の時に受けた授業の内容と、養護教諭をしている時に聞いた歴史の授業の内容とも色々変更がある上に

教壇に立ち先生から放たれるエネルギーもまるで違ったわけです。

その時に教壇に立っておられた先生は40代で戦争経験はもちろんありません。

 

 

同じ日本で、十数年前に受けた歴史の授業を聞いているはずなのに

私にはまるで別物でした。

 

 

授業や教育って

一体なんだろうと思いました。

 

 

 

 

直感的に

私はあまりに知らなすぎる

という結論にたどり着きました。

 

歴史のこと、戦争のこと、日本のこと

先祖のこと

そして

私自身のこと。

 

 

 

結局、過去と今と未来は一本の線上にあり

今を生きるならば過去も自分の一部であると思いました。

 

 

急に

知らないことへの恐怖心が湧いてきました。

 

 

色々知りたい

 

 

私のような大人に、この子(生徒)たちがなってはいけない

そう強く思いました。

 

 

そう思った時、職員室の私の席の隣にいたM先生

歴史について断片的に語ってくれました

 

ここでは書ききれませんが

もちろん聞いたこともないような歴史的事実ばかりで驚きました

 

 

M先生の授業は、和歌や短歌などが散りばめられていて

そのリズムや音、和歌の持つ無色透明の深い空気感を感じることがあり

驚きの連続でした

 

そういった

昔々の日本で大切にされてきたことを

きちんと伝えていかないといけないということを、よく理解されておられる方でした。

 

 

M先生は、歴史についても

なぜ戦争をしたのか、避けられなかったのか、何があったのか

について自分なりに本を読まれたりお勉強をされていると聞きました。

 

 

勉強は、こうやってするものなのだ、と

M先生のお姿から教えてもらい

自分なりに調べるようになりました

 

 

 

 

 

その後、

自分の足で現地に行かなければわからないこともあると思い

 

鹿児島特攻隊基地の知覧

ハワイのパールハーバー

沖縄

パラオのペリリュー島

 

など

 

に足を運びました

 

 

 

 

私の場合

その現地で英霊の方に直接お話をして

多くのことを教えていただいたり

叱咤激励されたりしました

 

中には、

生きることへのど真ん中の質問を投げかけられることも少なくなく

ドキっとする、を通り越して

凍りつくような思いで人生を考えさせられることもありました

 

 

そんな中で感じる

彼ら英霊の方々の中にある大和魂

 

 

これに心が揺さぶられました。

私の中にもかすかにある何かだ

そんな気がしました。

 

 

もちろん、戦争を肯定するつもりも、

英霊の方のことを軽々しく賛美するつもりもありません。

 

戦争ですから、いろんなことがあったことでしょう。

悲しいほど非道なことも、あったと思います。

 

 

 

けれど、

私たちが今この戦後の教育で忘れてしまった大切な何かの断片が

戦争や歴史を学び、そのエネルギーに触れることで

取り戻せたり大きく開くことがあるのではないかと

 

そう、思います。

 

 

だからこそ、戦争のことから意識をそらすことができない自分がいたのかもしれないと

最近は思います。

 

 

戦争はしてはいけないし

そこで亡くされたお一人お一人の命の物語を

なかったことにしてはいけないと思います。

 

 

 

文章で書くと怪しさ満点かもしれませんが

 

日本を愛し

これからも我が国が益々栄えていくためにつくすことは

本来幸せなことなのかもしれません。

 

 

 

もちろん、命を投げ打つとかそういうことではありませんが

 

私たちの一部とも言える私たちの先祖や先輩方がずっとそうやってきたように

大和魂を大事にして日本の伝統文化・言葉・風習習俗の中で

世界平和に寄与していくことが

今一度見直すべきところなのではないかと個人的には思っています。

 

 

 

話は大きく戻りますが、

その背景を持って、今回のサイパンは本当に私にとって大きな学びと経験をいただきました。

 

今後もブログかインスタライブで色々お話できたらなぁと思いますニコニコ

 

 

今回は、

そもそも私が戦争や英霊の方々に興味関心を持ったきっかけの一つついてのお話でした

 

 

 

 

ちょっと今回は

月地さん、思想強めやなw

 

って思われるかもしれませんね(笑)

 

 

はい、強いんやと思いますwww

すいませんw

 

 

 

 

でも決して押し付けたりはしませんのでご安心をチュー

 

 

 

面白いな〜〜と思ってくださった方は

よかったらインスタライブとかブログ、覗いてくださると嬉しいです飛び出すハート

 

 

長文、読んでくださりありがとうございます

 

月地史乃でした〜

 

 

 

弥栄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の記事は長いですw

お時間のある時に読んでいただけたら嬉しいです!

 

こんにちは!

いつもありがとうございますびっくりマーク

 

療養中ということで

ほとんどの予定をお休みさせていただいてます。

ご迷惑をおかけしてすみませんえーん

 

 

 

そんな中で

神社のお手伝いに行くことは

 

気持ち的にも元気になるし

私の中でとても大切にしていることなので

 

行ってきました。

 

 

 

例大祭と言って

その神社にとってとっても大切なお祭りでした。

 

神社は地元の氏神さんであり私の産土神さんです

 

人は

生まれたらその土地の産土神さんの光をもらうといいます

 

その土地の神様の光をもらって

その土地で営みを続けてきた人々の集合意識の中に迎え入れられます

 

 

それは

 

良い面では

大きな守りや後押しとなり

 

ある面では、

しがらみや縛りとなることがあると思います。

 

このしがらみや縛りは、適切に解除すれば

オセロの黒が白にひっくりかえるように

大きな後押しになるものでもあります。

 

 

 

 

私の父方のご先祖さんは

七代上までこの地域で

ずーっと住んでいることがわかっています

 

それ以上上は

戸籍を取ることができないので

はっきりわかりませんが

きっと何代も上まで

この地に住んでいたんだと思いますニコニコ

 

 

そのご先祖さんたちは、きっと…

 

いや

 

間違いなく

この神社にお参りしたり、お祭りに参加したり

様々な通過儀礼を受けながら

成長し、子供を産んで、孫を見て

 

 

そうやって

 

連綿と血縁・地縁をつなぎながら

生きてきたのだと思います

 

 

 

そんなことは

普通に考えれば当たり前だし

わかってるつもりでした

 

 

 

けれど

今回春の例大祭でご奉仕することで様々なことを

DNAレベルで回収した

というか

本当の意味で分かった

というか

 

たくさん

本当にたくさん感じることがありました

 

 

 

この地域は、

ものっすごい

田舎ということもあり

 

昔からお祭りの日には

子供がお神輿を運ばなければならないから

学校が半休になりました

子供は総動員です

 

19・25・33・42・60歳の厄払いは

その学年のほとんどがお祭りの日に

厄払いを集団で受けにきます。

 

 

厄の年の春のお祭りの日は

厄払いの日って

暗黙の了解で決まってる感じです

(時代とともに変わってきてはいますが)

 

そして、その後恒例の

同級会という流れです飛び出すハート

 

 

 

私たちの学年は

保育園から中学校までずっと同じメンバーで過ごすので

 

 

 

保育園からずーっと

同じメンバーで

 

山を背にした川のほとりの海の香りがする

同じ教室で

同じ季節のめぐりを共にした同級生は

何とも形容しがたい強固な絆で結ばれているところがあるように思います。

 

 

だからと言って、全員が人間的に合うわけでは勿論ないし

全員が仲良しこよしというわけでもないし

ちょっとめんどくさいから挨拶程度でいいやw

という人だって普通にいます知らんぷりははは笑

 

 

でも、

やはり、

濃い地縁という繋がりの強さには

 

何かちょっとしたトラブルが同級生の中であったとしても

 

 

「あいつ、あんなんやもんね、昔から」

 

 

ある意味で認めてしまえる部分があるというか

ある意味許されるというか

えも言われぬものがあります

 

この何とも言えない繋がりの濃さは

この土地独特のものであり

もしかしたら、この地域の産土神さんがこういう性格をしている

のかもしれません。

 

 

そんな背景がある中で

今回の神社でのご奉仕で

全ての学年の厄年の人たちの厄払いに関わらせていただきました。

 

厄払いに集まる厄の年代の人たちも

この因子を共有しているある意味の共同体です。

私とは違う人間だけど

私を構成する一部を確実に持ってたり共有している人たちな訳です。

 

 

 

 

 

どの厄払いの学年の人も

神社の境内に早くから集まって

 

みんな、久しぶり!〇〇年ぶり!?

 

といいながら

すでに同窓会です。

 

 

そんな厄払いに来ている人たちが戯れる様子を

神社の中から見ていると

私の中にある懐かしい感情や思い出が湧き出てきました

 

例年に比べ

感染症騒動からの

まだまだ自粛ムードで活気がない今年の境内の景色に

祭り用の特別おこずかいの1000円を握りしめながら

非日常の祭りの場へと

友達達とテンション高めに自転車を走らせてきた幼い日の私が重なります。

 

その私の古い記憶の中の境内には

現在と同じ桜の樹の下で

お囃子が鳴り 獅子が舞い

並ぶ屋台からは揚げ物の匂いがして

テキ屋のおじさんから買う型抜きに集中するお兄さんお姉さんたちの姿や

お神輿の到着と、子供相撲の様子が

魚の鱗に次々に写り込むようにありありと思い浮かびました。

 

記憶の鱗の重なる中で

子供達のお世話してくれる総代さん達の着る青い羽織が目に入ります

青い羽織を着ているのは

駄菓子屋のよくお世話になったおじいさんです。

 

 

 

「懐かしいなぁ

あのおいちゃん、亡くなったの一体どんだけ前やったかなぁ」

 

そんなことを考えていた時

 

 

 

ふと我に返って現実に戻り

辺りを見ると…

 

総代の方が羽織る〇〇神社とかいた

青い羽織をきているのは

記憶の中の駄菓子屋のおじいさんではなく

私の同級生のお父さん

(よく知ってる●ちゃんのパパで、現在の総代さん)

 

 

時代が、進んでいるんだと思いました。

 

この地球の時間の仕組みの中にいることを実感しました

 

 

 

 

 

私が子供の頃の記憶の中では

獅子舞をしてくれる青年団の人達や

二十五の厄の人たちは

おじさんに見えてましたw

 

 

でも

今、目の前で御神事に参加する25歳の人たちは

今の私から見たら

 

いい青年

(つまり若いw)…笑い泣き

 

 

 

そして…

 

今、

42歳の厄払いに来ている目の前の人たちは

私の二つ上の学年

私のよくよく知ってる

同級生のお兄ちゃんの〇〇君たち

 

四十二の厄年の人たちは

子供の頃の記憶では、私のお父さんより上のおじさま達だったはずなのに

今目の前にいる42の厄の人は

 

二つ上の

よく知った

人たち

になってましたw

 

 

 

 

 

 

還暦の厄払いの人たちはというと…

 

10年ほど前に学校で一緒に働かせていただいた

お世話になった同僚の先輩先生がその席に!!!(笑)

 

私のイメージはおじいちゃん、お父さんが還暦のイメージw

迫ってくる感じ半端ないw

 

 

 

私、大きくなったんやなって思いました(笑)

 

image

 

 

そんな風に

私の地域の先輩方や後輩さん達の厄払いに一日中触れることで

 

私の頭の中は

現在と過去の往復で忙しくなりました

 

 

それは徐々に

この神社の土地に蓄積・保持されてきた情報と記録の集積物のような

私が生まれる前の

古い古い過去ものへとアクセスしていく

不思議な感覚へと変化して行きました。

 

 

 

この場所で

繰り返し 繰り返し行われてきたであろう

 

厄払いの記憶や記録の情報体

 

 

初宮

 

七五三

 

 

 

様々な人生における通過儀礼が

不思議なほど鮮明に

頭の中に映し出される感覚でした。

 

 

 

これは、神様が見てきた記憶なのかもしれない

 

 

そんな風に思った頃

 

 

今度はその映像が未来に時計の針を進めました。

 

 

2年後、私の同級生の男の子達が42の厄をして

同級会をして

 

そのうち

私も

還暦を迎えて

同級会をする

 

懐かしいね、なん年ぶり?と

過去の人たちが口にしたことを繰り返し言いながら

孫の話をしたり

体があちこち痛いねと話をしている

 

 

そして

私たちの代の同級生たちがみんな天寿を全うして肉体を脱ぎ

この世界から次の世界へ旅立って。

 

 

今度は

この地域の子供達が

 

また

どんな形かはわからないけれど

何かこの共有してきた大きなものの一部を受け継ぎつつ

命や産土神様の光を繋いでいく

 

 

それが

ずっと

繰り返されてきたし

きっと

繰り返していく

 

 

人が少なくなって

神社という場所が維持できたりできなくなっても

この産土神の光は微かで鋭い光を放ちながら

確かに紡がれ続けていく

 

そんな様子をありありと見せられました

 

image

 

 

何百年分かの何を見たのか

それは

言葉にはできませんでした

 

けれど

そんなものが

数秒のうちに脳のシナプスを駆け巡っては

あちこちでショートているのはわかりました

 

 

長い長い走馬灯を見たようで

 

気がついたとき

私は

泣いていました

 

 

 

神社創建以来

ずっとずっと続いてきたであろう

このサイクルに

私もしっかり取り込まれてるんだと思いました。

 

 

これが

産土神の光をいただくということなんだと思いました。

 

 

 

正月飾りに「ユズリハ」という植物がありますね

 

ユズリハは新しい葉が出てきてから

まるで

子孫である新しい命を見届けて

安心したかのようにして

古い葉が落ちていきます。

 

子孫繁栄など、いろんな意味がありますが

 

まさに

神社で行われている行事も御神事も

通過儀礼も

 

全て

 

このユズリハのようだなと思いました

 

 

 

私は、この土地のとてつもない大切な何かに触れたような気がしました。

 

きっとこれが

産土神の光というもので

 

それは、

忘れていただけ

思い出した

という感覚の方が近いかもしれません。

 

 

そうすると

私の中のDNAにあるご先祖さんたちの記憶や記録が

ブワーーーーっと

蘇った気がしました

 

覚醒したというか、目を覚ましたというか。

 

 

この土地そのものであり

広くは日本

世界、地球…

無意識深くにある

紐のような何か。

 

 

 

この感覚は、とても言葉では言い表すことができないのですが

 

人が、今世を本人らしく生きる上で非常に大切なものなのじゃないかと思いました

 

 

 

日本人の良さや

大和魂・大和力が世界に必要とされていると言われるこの時代に

 

もしかすると・・・

 

 

何らかの形で

産土神様の光に触れに行くことって

 

とっても大切なことなのかもしれません

 

image

 

 

 

そんなことを思わされた厄払いの1日のご奉仕でした!おねがい

 

 

 

転勤をたくさんしてても

 

もうすでにそこに住んでなくても

 

特に生まれた土地に愛着がなくても

 

どこが産土なのかわからなくても

 

産土神さまの光は、ギフトとして

やっぱり

みんな持ってるんだと思います。

 

 

 

 

 

最初に書いたように

産土神様の光には

しがらみ

縛り

につながるものもあるかもしれません。

 

 

しがらみというと

ネガティブ感すごいですが

言い換えると

使命や天命に生きるための道しるべとして

何かを教えてくれるものでもあると思います

 

 

この話を書くとものすごいボリュームになると思うので

(すでに長いw)

それはまた別の時にゆっくりお話しするとして

 

 

私の場合

小さい時の人間関係などでできた心のくせ(心の傷というか)が何とも根深くて

大変だった時期もありました。

 

これは、しがらみや縛りの面が強く出ていた気がします

 

 

けれど、今回、

産土神様の光の本質のようなものに触れさせていただいて

そして

実際に厄払いを通して多くの人たちを見たり関わるという経験を通して

不思議なほど、過去のもう終わった課題の残りカスみたいなものも

全部綺麗に流してもらった気がしました

 

というか

自分で自覚さえしてなかったわだかまりのようなものが

ちゃんとなくなるような出来事が

このご奉仕の数日間のうちに

たくさん起きてくれました。

 

 

 

もうそんな古いネガティブなものは

さっさと置いて行きなさいって

気づきを起こしたり手放すタイミングを

神様が用意してくれてたんですね。

 

 

 

神様から

ご褒美もらった気持ちになりました。w

 

 

 

きっと

 

産土神様の光は今も

皆さんの背中をそっと後押ししながら

慈しみの眼で

見守ってくれてるのかもしれません♪

 

 

 

今回は、最近の気づきや思いを

インスタでお話しするほど声が元気じゃないので

ブログで長々と書かせていただきましたw

 

時間もなくて

写真とかなく

読みにくいはずなのに

読んでくださりありがとうございました笑い泣き

 

 

月地史乃

 

 

 

弥栄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お久しぶりですニコニコ

 

インスタお休みしてるので

 

大丈夫??

 

と気にかけてくださるお優しい方が多くて

 

ありがたすぎますえーんびっくりマーク

 

本当に、ありがとうございます

 

 

 

 

そうなんです。。。

 

三月中旬より体調を崩しております。

 

風邪をひいて

 

こじらせて・・・

 

気がついたら喘息になってましたガーン

 

喘息きついですね・・・

 

今まで、喘息とは言われたことなくて

 

突然の喘息宣言でしたw

 

 

 

ほんと大変で、横になってねれない日が何日も続いて

 

心臓の持病以外で

 

 

「ほんまに死ぬかも」

 

って思ったのは初めてでした笑

 

 

心臓のこともあるので

 

もうしばらくは療養しようと考えています

 

 

 

この度は、体調不良によってセッションなどご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

 

 

 

 

インスタも、そのうちやれたらなぁと思ってますニコニコ

 

やんさんやいち子ちゃんが、早くやりたいみたいでw

 

 

みなさんとチャット上でお会いしている気持ちになれるので

 

私ももちろん楽しみにしてますが

 

あの人たち(妖怪?)も楽しみにしてるのを見ると

 

なんか

 

色んな方に認識してもらったり、声をかけてもらえたり

 

意識してもらえて

 

嬉しそうなので

 

よかったね飛び出すハート

 

って思ってほっこりさせていただいてます

 

 

 

 

喘息になったことで

 

気がついたことも

 

考えることも多かったです

 

 

 

 

 

そして

 

以前にも増して

 

やってはいけないことができない

 

魂の向かう方向と

 

一ミリ単位でずれることが許されないとよくわかりましたw

 

 

 

以前からその話はよくブログだったり

 

インスタだったりで書かせていただいてますが

 

 

もう最近は

 

ちょっと調子いいから何かしようとしたことが

 

方向的に間違ってたりすると

 

喘息発作ですびっくり

 

 

 

 

ダメです!という合図のスパン、

早くなってるwww

 

 

わかりやすくていいし

 

もはや、争うこともしなくなりました

 

息できないんでね(笑)

 

 

 

 

ゴールがどことか

 

未来の全てがわかるわけではありません

 

常に未来は揺れ動いているし

 

不確定要素満載だからです

 

 

 

でも

 

個人レベルなのでどこまで影響を及ぼせるかはわかりませんが

 

ちびっちゃいことでも

 

針でつんて突くくらいのものかもしれないけど…w

 

この世界に来た理由…

 

世界に影響を及ぼしに来たということは思い出したので

 

 

もう真っ直ぐ進みたいと思いますニコニコ

 

 

 

とりあえず、今日は

 

生きてます

 

ということのご報告でしたw

 

 

 

月地史乃でした飛び出すハート

 

 

弥栄