R6,5/15(19)行くんだ。 | お遍路 の記憶

お遍路 の記憶

大好きな四国八十八ヶ所参りの、写真や日記を整理していきます。

仏様に墓石が並ぶ
今のような遍路人ばかりじゃなく、過去には四国をまわるしかなかった
御方や、大変な病を背負って生きる方もいた、、
いにしえの遍路人の墓石。
南無大師遍照金剛m(_ _)m
(↓2010年2月の写真)
あぁ、、恵まれて生きる自身を、、有難く思う。
今に生き、、何をすればいいのだろう、、
続く。からです。
3月の終わりに向かい、忙しい時期になりました。
それでも、周りを見ると、小鳥が歌い、梅が咲き、桜の蕾も
膨らむ雰囲気です。
心が動き出す。
体調に気をつけながら、日々の仕事に頑張りたいと思います。
 
さて、お遍路の記録と記憶は、、58番仙遊寺のお山から、
下りてきました。
木の隙間から、輝く水面
池があったんだな。
山から湧く、水が集まる池
その脇を歩く
僕は、何処から来て、何処に行くんだろう。
何がしたいんだろう。
もう53年も生きてきた。
お大師様は、62年の御生涯で、大変な修行をされて、、、
遣唐使で唐に渡ったり、、密教の第八祖として日本に戻り、
真言宗を開かれ、、
濃密な濃密な、、激しいドラマチックな一生だったんだろう。
お大師様は、、そのお身体で、何事も体験なさって、あら
ゆることを、体得された、、
大切なことは、、自ら、そこに行き、『体験』することな
のだろう。
知っているのと、やってみたことがあるのは、違う。
ただの道じゃないか
、、、??
そう???
違うんだ。
道の脇に仏様が並ぶ
祈りの気持ちを込めて歩く
いつの時代から、ここにいてくださるのだろう
m(_ _)m
こちらの仏様は、、
まだ新しい仏様
ここに、、何かがあるのだろう
大きな耳で、聞いてくださる、お優しい姿
横には、、
お大師様だろうか、、お地蔵様だろうか、、
そして六体の仏様
六地蔵様だろう
m(_ _)m
池に向かって並ぶ仏様
ここに、、仏様を持って来てくださった御方は、、
どんな人生だったのだろう。
少し前の遍路墓とも関係があるのだろうか。
もし、、自分だったら、、、
不治の病で、大師を慕い、ここまで歩いて来て、
、、、池の横で、倒れ、生涯を終えたとしたら、、、
 
また、菩提を願い、巡礼していて、予測もつかないことで、、
、、、ここに倒れた、としたら、、
 
生きるとは。。
南無大師遍照金剛m(_ _)m
遍路とは、、
 
在家の、生臭な凡凡人の僕には、、
僅か数回まわっただけでは、、語れない。
、、、わからなくても、行くんだ。
行くって決めたんだ。
行かなきゃ、、わからない。
そうなんだ。
体験なんだ。
舗装の道に出た。
次の札所の国分寺までは、5.6Kmだ
道の角に建つ道標
☜されい山道
☞遍んろ道
嘉永五子正月(1852年)
 
173年も前の道標
この道標を建ててくださった施主の方々
明治以前の姓のない方々でしょうか
ありがとうございます。
道標脇の石
遍路石と思われる
こちらも道しるべ
遍路石だろう
ここに来た
僕は来た
歩くんだ
続く。