令和5年6/11(49)今日の僕。 | お遍路 の記憶

お遍路 の記憶

大好きな四国八十八ヶ所参りの、写真や日記を整理していきます。

竹藪、、石手寺を抜けただろう。

次へ向かう道。

続く。からです。

神様はいらっしゃるのか、、

仏様はどこにいるのか、、、

見たの?聞いたの?知ってるの???

 

お遍路で出会った方は、

「神様は確かにいる!!」と、力強く言っていた。

お寺や、道々の仏様の前で、祈るおばあさんの姿も見た。

 

弘法大師様の、命懸けの人生を、聞き、また読んだ。

 

凄いことだ。

僕は信じようと、今を生きている。

 

本棚に集めたお遍路の本。

お大師様の本。

、、、何を見た?

 

僕は、僕の行き方で、歩くしかない。

 

青春ど真ん中で、

聖霊派と言われるような十字の教えに、生きた4年間もあった。

 

今は、お遍路を生きている。

四国にいない毎日も、「お遍路」を生きようと、、

もがいている。

 

僕の中に、命を燃やして生きた、御先祖様、おじいさん、

おばあさん、父、、の血が流れている。

 

地球の生命の力も流れている。

太陽のエネルギーも浴びている。

 

あきらめるな・・

生きろ・・

 

さぁ、歩こう。

水と緑、、命の溢れるこの道。

どうして木々や、この竹は伸びていくんだろう。

不思議だ、、大地に根を生やし、、水や栄養を得て、、

太陽を浴びて、、生きて、、「次に引き継ぐ、、、」

何かを遺す。。。

何をだろう。

車道に出た。

札を掛けてくださる方がいる。

この方は、、お遍路人生を生きておられるのだろう。

教えて欲しい、、、

左ですね。

ありがとうございます。

下って行きます。

行くも行かないも、

何をするも、

決めるのは、、自分。

 

生きるって、、自己選択。

 

でも、僕は、人のせいにして、、

神仏のせいにして、、

背を向けて生きて来たようなもんだ。

 

「努力もしないで、あきらめて、、、」

人生は、、自己責任

そう思えるようになったのは、、

かじっただけの、自己啓発セミナーと、

「ハンコ」を押す時に学んだ。

 

印を押したんだ。

自分の印鑑を。

自分で、そう生きるって決めたんだ。

誰かが決めたわけじゃない。

 

並んだ条件の中で、僕は、、、そう選択した。

下りて行こう、、この日、帰宅するが、、

この瞬間、歩くと決めた。

車を呼んでもいい。

やめてもいい。

行きたいんだ。

そして、生きたいんだ。

出会った白いお花。

僕の目を、喜ばして下さる。

ありがとう。(#^.^#)

看板です、、、

物には、、気持ちがあるように思う。

棄て方によったら、、罰金より恐ろしいことが起こる。。

そう思う。

 

感謝して、気持ちを込めて、片づけないと。。

そう、、、「ありがとう」だ。

終わりにまでは、、あっという間には、辿り着かない。

簡単ではない。

パラダイスでもない。

、、、苦行だけでもない。

 

どうすればいいの??

お遍路って、遣り遂げれるの??

 

それは、、、、、

日々生きることと同じ。

あぁ、、陽が昇る、、、夜が来る。。。また、明日が来る。

今日は、どうする?

 

今日の僕。

僕は、、、仕事休みなので、散髪に行き。

いつも通り散髪してすぐに、地元の神社に参って、、

岸和田祭の無事を祈ってから、お守りも求め、、

ゆっくり、身体を休めている。

夜は、寄り合い。💦

この地に生まれた、、岸和田

生まれてから、聞き続けた祭囃子。

もう、若者に譲る年代。

お手伝いのみしているようなものだ。

 

、、、いいな、若者は。

僕も、熱く燃えた時があった。

テニスコートだな。

神社裏に出ました。

長い、、回廊、、

 

参らせていただこう。

続く。