承久記(前田本) 現代語訳 阿曾沼の渡豆戸の事 15 | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

阿曾沼の渡豆戸の事 15
 
 (承久三年)六月六日の明け方、大豆戸に向かった板東勢の中に、武蔵国住人・阿曾沼小次郎近綱という者がいた。河を渡ろうという寸前で、
 
「中山道の戦は明日と合図をしていましたが、既に始まったようです。死んだ馬が流れてきています。中山道の部隊に後陣をつけなかったことが悔やまれます」
 
と言い終わらぬうちに、河に入っていった。十万八百余騎が一度に河を渡っていった。北条時氏は三十余騎で、敵の館の中に駈け入っていったが、兵どもは一人もおらず、雑人が十四五人が逃げ散るばかりだった。

(続く)
(上巻 了)