光季・親広召さるゝ事 04
再び後鳥羽院は三浦胤義を呼んで、
「伊賀判官光季と少輔入道大江親広(大江広元の長男)を討伐するべきか、または呼び出して幽閉すべきだろうか」
と相談なされた。胤義は返答として、
「大江親広は武将ですので、呼び出して、おだてておけば、少しも問題は起きないでしょう。伊賀光季(伊賀朝光の長男、妹・伊賀方が北条義時の継室)は源氏ですので、北条義時の小舅とはいっても武将ですから、召されれば参上するはずです。討手を差し向けよということでしょうか。しかし、まず先に両人を召される方がよいと思います」
と述べた。
まず、大江親広が後鳥羽院に呼び出された。御使が戻って、やがて参上すると報告した頃、親広入道が光季の許に、
「三井寺の強盗を鎮めるためといって、急ぎ参上するように仰せつかったので、参りました。あなたなにも御使がありましたか」
というと、判官光季は、
「まだ、こちらには使いはきてはいません。お召しにしたがって、参上なされよ」
と返事をした。親広入道は百余騎で、後鳥羽院に馳せ参じたのだった。
殿上口に召されると、
「どうであろうか、親広よ。北条義時は既に朝敵となったぞ。鎌倉へつくべきか、こちらに味方するべきか」
と後鳥羽院が言うと、
「どうして宣旨に背くことができましょうか」
と返答すると、
「それでは、誓書を書きなさい」
と言われた。そこで二枚書いて、後鳥羽院に一枚、北野天満宮に一枚預けた。このうえは、一方の大将を任せると親広に後鳥羽院は言ったのだった。
その後、伊賀光季が呼び出された。光季は、後鳥羽院の御使に向かって言うには、
「光季は、ご存じのように鎌倉の代官として京都を守護していますから、まず光季を呼び出して、私以外の武将も呼び出されるはずですが、今まで呼び出されたとは聞こえて来ないのは、不審の一つどころではありません。もう少しして、参上いたします。」
と述べた。御使は一時(ひととき)の内に、
「遅いです」
と呼んだのだが、一刻が過ぎたところ、不審な事を聞いたので、大将殿御使も事情が変わり、他の人物より後に召される事も、あれやこれやも怪しくて、返事には、
「どちらへもご命令の通り、すぐに向かうつもりです。御所へまずは参上いたします」
と返答すれば、
「伊賀光季は、すでに心を決めたようだ。急ぎ追討しなければならない。今日ははすでに日が暮
れた。明日向かうように」
と後鳥羽院が、三浦胤義に命令して、その夜は御所をお守りしていた。