ピアノソナタ 第12番 イ長調 作品26 | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

ベートーベンのこの楽曲は前回触れたように第3楽章に「葬送行進曲」が組み込まれているため、楽曲全体を「葬送」と呼ばれている。第1楽章は冒頭の主テーマが楽譜のほぼ1ページで描かれ、それ以降は変奏曲として組まれている。結果的に4つの楽章で構成されてはいる物の、ソナタ形式ではなく、新しい音楽構成を垣間見ることが出来る。

下の動画はバレンボイムの演奏。映画の一シーンのような動画だ。

 

第一楽章を変奏曲で組むというやりかたはモーツァルトもしている1783年に作曲されたクラヴィーアソナタ 第11番 KV331。下の動画は演奏は上とおなじくバレンボイム(若いとき)。

この楽曲には有名な「トルコ行進曲」を第四楽章に組み込んでいる。バレンボイムが第一楽章の変奏曲間をほぼ無しで演奏しているのは、第2楽章(メヌエット)と第3楽章(トリオ)の間が無い構成に起因している。この楽章間の無音間隔の処理については、ベートーベンの後年にならないと確立されない。したがって、バレンボイムのこのKV331の演奏が正しいのかどうか、かなり議論の余地があるのだが、変奏曲間の連続演奏が楽曲を壊さない限り、成立していると思う。モーツァルトのことだから次から次へと変奏していくというからくりは大好きだっただろう。僕が持つヘンレ社の楽譜では変奏曲の出だしが段落を開けていない、したがって、前の曲から連続して演奏されることを期待しているわけだ。唯一第1楽章の変奏曲5のアダージョの前に、半白程度間隔を持たせる。これはアンダンテからアダージョへの速度変化があるからだ。変奏曲6ではアレグロにさらに変化する。変奏曲5は第1楽章における緩徐楽章的役割があり、これはモーツァルト独特の楽曲構成力の高さを示すものだ。

 

ベートーベンの話を書こうと思ったが、また別の日に。