風邪とラ・チ・ダレム変奏曲 | 徒然名夢子

徒然名夢子

日々此々と過ごしけるに
東に音楽の美しきを聴けば、其処何処に赴き
西に優れたる書物のあると聞けば、其処何処に赴き
其処においても何処においても
心楽しからむことのみを願い生きることは
我の本心にほかならず

風邪ひいた。久しぶりに重い。青っ洟で息ができないので、夜中に目が覚めて寒気がするから体温計で計ったら38度5分。思わず嘔吐してしまい、うーんどうしよう。市販薬じゃ効かないか...鎮痛剤を飲んで少し楽になって明け方にやっと眠れた。朝起きて、会社に行こうかと思ったが熱が思ったより下がっておらず、立ち上がるとふらつくので、休みの連絡。胃が気持ち悪いが少し食べて薬飲んで、寝た。結局昼過ぎまで眠りこけて起きてみたら、熱が下がっていた。汗びっしょりだ。着替える前にシャワー浴びてみたが、若干熱がぶり返す感じがあったけれど、明け方ほどひどくないし、悪寒もない。

 

ピアノ弾く元気はさすがにないので、ショパンに関する書物を少し調べている。それでふと気が付いたのが、作品2は弾いたことがないな、ということ。この楽曲「ラ・チ・ダレム変奏曲」題が付いている。正確には「"La ci darem lamano" de "Don juan" de Mozart」。モーツアルトの「ドン・ジョバンニ」の「お手をどうぞ」の変奏曲だ。ショパン17歳(1827年)のときの曲。小規模な管弦楽とピアノの共奏曲で、なかなか面白い変奏曲だ。

初演は1829年ショパンが19歳のとき、ウィーンのケルトナー劇場。楽譜出版は翌年。初演後瞬く間に人気が出た。それはそうだろう、ウィーンの人々にとってモーツアルトのオペラ演目は、体に染みついて遺伝しているぐらいだろうから、それを華麗に変奏し、見事に演奏し、観客を魅力したのだから。惜しむらくは終止の部分。若干尻切れトンボだが、あえてモーツアルトらしくない終止にしたとも解釈できる。

 

この楽曲を見たシューマンが「新音楽時報」で「諸君、脱帽したまえ!天才が現れた!」と批評。この過大評価についてはショパンはこの楽曲自身が師事していたエルスネル(エルスナー)の指導下でできたものであり、自信作でもあったが、自力で作り上げたものではないという点から、少々気恥ずかしかったようだ。

 

動画は、Yuya Tonouchiさん。東京学芸大学のあとイタリアのニッコリーニ音楽院。

ショパンの持つ繊細なピアノタッチとモーツアルトの主題が相まって、時空を融合するような音楽を作り上げている。全体の音楽がイタリア寄りではあるものの、ピアノがしっかりしているので、あらゆる変化に対応できていて名演奏だと思う。