敦成親王誕生5日目の御産養~紫式部日記~ | kurouの歴史メモ

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「産養」(うぶやしない)は、生後三日、五日、七日、九日目の夜に行われる祝宴。

1008年(寛弘5年)9月11日、土御門殿では中宮・藤原彰子一条天皇の第二皇子・敦成親王を出産。

9月13日に中宮職、9月15日に藤原道長、9月17日に朝廷、9月19日に藤原頼通の主催で「御産養」が催されています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


5日目(9月15日)の夜は藤原道長の御産養。

紫式部は『紫式部日記』には・・・

道長の権勢に何もわからないまま従っている下役たちが、まるで自分の手柄のように「めでたさに酔っている」様子が描かれています。

そして、彰子の御前の様子の素晴らしさを他の人にも見せたい紫式部は・・・




宿直の僧が伺候している屏風を開けて

「このようにとてもめでたいことは御覧になったことはないでしょう」

と言うと、僧たちは

「もったいない」

と言いながら本尊をそっちのけにして手を摺り合わせて喜んでいたのだとか。


※画像は越前市の紫きぶ七橋のレリーフ。


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(若宮御誕生の祝宴の盃は満月のように欠けることなく人々の手から手へと千年もめぐり続けるでしょう)

めづらしき
光さしそふ
さかづきは
もちながらこそ
ちよもめぐらめ


この歌は、この日、紫式部が詠んだ歌。

のちに栄華を極めた道長が詠んだ「望月の歌」は、この歌を真似たという説も・・・


📎めづらしき・・・後一条天皇の御産養のときの歌


☆ ☆ ☆ ☆ ☆



7日目の夜の「御産養」では、勧学院の学生たちも参上。

勧学院は、藤原氏出身の大学寮学生のための寄宿舎。

藤原氏の氏の長者の家に慶事があったときには、勧学院の学生一同が整列して練り歩いて慶事に参列したのだか。

「勧学院の歩み」と呼ばれていたらしい。


※画像は越前市の紫きぶ七橋のレリーフ。



紫式部

藤原道長

藤原彰子

一条天皇


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