オリアンティ(Orianthi),1985年1月22日 - )は、オーストラリア・アデレード出身のロックミュージシャン・ギタリスト。オリアンティ(Orianthi)の名義で歌手活動も行っている。
マイケル・ジャクソンの復帰コンサートとなる予定であった「THIS IS IT」にリードギタリストとして参加したことをきっかけとし、名前が知られるようになった。身長160cm。
オリアンティはオーストラリアのアデレードで、ギリシャ人の血を引く一家に生まれた。父の影響を受け6歳からアコースティックギターをはじめ、11歳でエレクトリックギターを手にした。そして、作曲と演奏に専念するため15歳のときに学校をやめた。
14歳のときからイングランドとフランスでいくつかの親しいバンドとともに演奏してきたが、有名ミュージシャンのサポートメンバーとして本格的にステージに立ったのは15歳のとき、スティーヴ・ヴァイのコンサートであった。そして、18歳にしてカルロス・サンタナとの共演を果たした。2006年にゲフィン・レコードと契約し、2008年にはサイモン・フラー(Simon Fuller)率いる19エンタテインメントからマネージメントを受けることになった
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これまでに、プリンスとの共演、エリック・クラプトンが主催したクロスロード・ギター・フェスティバル(Crossroads Guitar Festival)への参加などの実績を積み重ね、「12人の偉大な女性エレキギタリスト」のひとりに名を連ねている。2007年の第51回グラミー賞ではキャリー・アンダーウッドのバックバンドの一員として演奏した
2009年、オリアンティはマイケル・ジャクソンのコンサート、「THIS IS IT」のリードギタリストに起用されることになった。このことについて、彼女は
“ マイケルがなぜ私を選んだのか詳しくは知らないけれど、彼がYouTubeにある私の動画を見てくれて、それを気に入ってくれたのだろうと思うわ。彼にはギタリストを選ぶ基準があるのでしょうが、私がそれにあてはまり、「今夜はビート・イット」のソロパートを弾くことになったの。それを聞いた彼は喜んでくれて、起き上がったと思ったら私の腕をつかみ、ステージ中を連れまわしたの。彼は言ったの、「僕のためにもう一回弾いてくれない?」って。その夜、彼は私を雇ってくれたわ。私は彼が今も生きていてくれたらな、と思うな。彼は私に自信をつけてくれて、私はより一生懸命練習した。そのことについて考えてみると、私はすべてギターソロのことについてなのかと思ってた。でも本当は、コードとファンキーなリズムについてだった。[10] ”
と語っている。
コンサートそのものは6月25日にマイケルが急死したことで行われないことになったものの、リハーサルを記録した映画、『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』ではコンサートにおける主要なメンバーのひとりとして取り上げられ、2009年7月7日のマイケル追悼コンサートにも出演したことにより、マイケルとの共演が彼女の代表的な実績として語られるようになった。
オリアンティ/ハイリー・ストラング ft. スティーヴ・ヴァイ
http://www.youtube.com/watch?v=qfWtGrnNfNU&feature=youtube_gdata_player
おまけ
HighlyStrung
http://www.youtube.com/watch?v=YQKbRqQ4jZI&feature=youtube_gdata_player
すごすぎ!!
かっちょいい(^-^)/
よし。寝よう!
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