2024年1月13日 聖書通読13日目
みことばで神様と交わろう
ルカ13、創世記25-26、詩篇6章
「イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜(ルカ1:17)」ぶのがクリスチャン。喜ぶうちに、その目はイエス様に釘付けになる。足は唯一の門へ進んでいく。
世にはいろんな生き方があるけれど、実際は2つの道しかない。イエスキリストか、それ以外か。それ以外があまりに多いから、それは広い門。イエスキリストは唯一だから、たった一つの道、狭い門。
ただし、「狭い門=苦しい道」じゃない。狭い門は、ものすごくシンプルだ。主イエスキリストだけだから。広い門は多種多様、種々雑多、奇々怪界、魑魅魍魎。広〜くて、いろいろありすぎて、よっぽど苦しい道だった。広い門に突き進んでいたとき、私の思考は非常に複雑だった。狭い門に導かれた今は、ものすごく心がすっきりしていて、すがすがしい。なんという幸せ。
主がくださるのはこんな幸せ。だから言われる。「狭い門から入るように努めなさい。(ルカ13:24)」
じゃあ、狭い門から入ると、どうなるか主イエスキリストを「受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権(ヨハネ1:12)」が与えられる。神の子として「神の御霊に導かれる(ロマ8:14)」。そして祈りに「主は答えて 私を広やかな地へ導かれ(詩篇118:5)」るのだ。
アブラハムの子供イサクも、掘った井戸がペリシテ人に埋められてしまったり、何度も争いを経験するが、最終的に「イサクはそこから移って、更にもう一つの井戸を掘り当てた。それについては、もはや争いは起こらなかった。イサクは、その井戸をレホボト(広い場所)と名付け、「今や、主は我々の繁栄のために広い場所をお与えになった」と言った。(創世記 26:22 新共同訳)」
そう、主に夢中になって、狭い門から入って、連れ出される先は広やかな所。「そうして私は広やかな所に歩いて行きます。あなたの戒めを私が求めているからです。(詩篇119:45)」そうして、私は、ただただ主の恵みを歌う。とこしえに。ハレルヤ
私は新しく造られた者
神が喜び楽しむ者
私はイエス様の中に
イエス様は私の中に
今日もみことばで交わろう
Reading the Bible is not about checking a box - it’s about building a relationship with Jesus!