2023年12月9-10日 聖書通読
土曜は 新約: 手紙
日曜は 旧約: モーセ五書
今日もみ言葉で祈ろう
ピリピ1-2、創世記40-41:46章
私には何の理由もなかった。何の目的もなかった。ただ、主が私を移された。暗闇から光の国へ。「御父は、私たちを暗闇の力から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。(コロサイ1:13 )」
主が私を買い取られた。ただ主が私を愛された。想像を絶する高い代価をもって。代価とはそれは主ご自身のいのち。私は分からないうちに赦されて、今ここにいる。
何も知らなかった者が知る力と見抜く力を与えられ(ピリピ1:9)、人生で最も「大切なことを見分ける(ピリピ1:10)」ことができるようになった。
この人生で最も大事なこと、絶対必要不可欠なもの、それはものすごくシンプルなことだった。学があってもなくても、分かること。年をとっていても子供でも、分かること。それほどまでにシンプルだった。この人生で最も大事なこと、自分のいのちよりも大事なこと。それは何
それはイエス様。なぜなら、イエス様がいのちをくださったから。
この方が、私たちの人生の意味を知る。私には分からない。私の人生はイエス様が始められたことだから。イエス様こそ「初めであり終わりである方、死んでよみがえられた方(黙示録2:8)」。
「実に、私たちは神の作品(エペソ2:10)」。私はイエス様の作品。それゆえ、私が人生で何をなすべきか。イエス様だけが知っている。私には分からない。「解き明かしは、神のなさること(創世記40:8)」。「実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。(エペソ2:10)」私のする良い行いも、あらかじめ主が備えてくださっている。その方に聞けばいい。
礼拝で、賛美リーダーをするとき、いつも気分がいい時ばかりではない。あるとき、ものすごく心が大変で、こんな状況で前に立てないと思ったことがあった。しかし、準備を始めたとき、「あ、私のものをささげるんじゃないんだ」と教えられた。主が備えてくださるのだ。主に注がれたものを、主にささげればいい。私に理由がなくていい。瞬く間に私は喜びと力に満たされた。自分には何もない、そして、それでいいってことを実感した体験だった。主のものを主にささげられた瞬間だった。u
聖書は教える。「あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださる(ピリピ1:6)」 父、イエス、聖霊がひとつとなって、信じる者を支えてくれる、歩く力も走る力も与えてくれる。私たちの気分や感情や能力や、あらゆるものを超えて、主が御霊を注ぎ、先に進ませてくれる。どこまでも導いてくれる。すべてに責任を持ってくれる。ああ、今週も、その方についていこう。良き主にハレルヤu
私は新しく造られた者
神が喜び楽しむ者
今日もみ言葉で祈ろう
主の中で自由に歩もう
私の中で自由な主の働きを!
③ Now this is eternal life: that they know you, the only true God, and Jesus Christ, whom you have sent.