2022年8月18-20日 聖書通読
木曜は 旧約: 預言書
金曜は 新約: 福音書
土曜は 新約: 手紙 
今日もみ言葉で祈ろう
。
イザヤ43:22-46、ルカ8-9:50、ロマ3:19-4章
日本語は主語があいまいだ
。受け身の表現も多い。「なにごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるる」と西行法師が詠ったように、何かは分からなくても、その存在がぼんやりしていても、ありがたさを感じて涙がこぼれくるという体験に、多くの人が共感してきた
。
しかし、聖書はいう。「あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。(使徒17:23)」と。「自分は生かされている」という感謝のことばに対して、聖書ははっきり主語を教える。何が人を生かしているのか
。「神ご自身がすべての人に、いのちと息と万物を与えておられる(使徒17:25)」と。
私が今生きているということは、神が継続して「いのちと息と万物」を与えてくださっているということだ
。それは、神の愛を受けているということ。聖書によって、はじめて私は知った。人が主なる神に担がれ、運ばれていたことを
。主は言われる。「胎内にいたときから担がれ、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。(イザヤ46:3-4)」
そのような神が私に救いを約束してくださった
。すべてを造り、私をも造られた主イエスキリスト。この方が私を知り、この方が今日も私を運ばれる。それゆえ、私は、今日もこの方を追い求める。「十二年の間、長血をわずら(ルカ8:43)」っていた女の人のように、「イエスのうしろから近づいて、その衣の房に触れ(ルカ8:44)」る。主は言われるだろう。「わたしにさわったのは、だれですか(ルカ8:45)」「だれかがわたしにさわりました。わたし自身、自分から力が出て行くのを感じました。(ルカ8:46)」
だから、今日も手を伸ばして、主イエスから力をもらい、生きる。そうして、主に言われよう
。「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。(ルカ8:48)」」
ああ、「すべては信仰による(ロマ 4:16)」。「神には約束したことを実行する力がある(ロマ4:21)」という確信が私たちを安心して進ませる。今日のすべても主イエスとともに
。
私は新しく造られた者。
神が喜び楽しむ者
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう。
私の中で自由な主の働きを
!
I refuse to believe the lies of the devil! I believe God’s Word. I believe that according to His Word, I am healed, whole, and healthy in Jesus’ Name.
