2022年5月21-22日 聖書通読
土曜は 新約: 手紙 
日曜は 旧約: モーセ五書 
今日もみ言葉で祈ろう
。
Ⅰテサロニケ1-5、民数1-6章
聖書を読むときも、礼拝をささげるときも、生活するときも、ひとりぼっちでするのではない
。主が全人類の救い主となってくださったから
。
信じようと信じまいと、悟ろうと悟るまいと、感じようと感じまいと、今、主イエスキリストはすべての人とともにおられる
。ただ私たちの「目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった(ルカ24:16)」だけなのだ。
だから、聖書を読むとき、礼拝のメッセージを聞くとき、「人間のことばとしてではなく、事実そのとおり神のことばとして受け入れ(Ⅰテサロニケ2:13)」よう
。そこにおける働きは、誰かの「説得力のある知恵のことばによるものではなく、御霊と御力の現れによるもの(Ⅰコリント2:4)」なのだ
。「この神のことばは、信じている(私たち)のうちに働いて(Ⅰテサロニケ2:13)いく。驚くほどの力をもって、私たちのうちで動き出す。
「福音は、ことばだけでなく、力と聖霊と強い確信を伴って、(私たち)の間に届(Ⅰテサロニケ1:5)」くもの
。だから、「聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ(Ⅰテサロニケ1:6)」よう。
みことばを読むとき、ひとりであっても「私たちの心は内で燃え(ルカ24:32)」、そのことによって、一番近くで「聖書を解き明かしてくださる(ルカ24:32)」方が主イエスであることに気づいていく。見えなかった主イエスを、この目が見るようになる。私たちの目はますます、この世界で最も価値ある方に開かれていく
。
ハレルヤ!すべてを導かれ、事をなされる主をほめたたえます

私は新しく造られた者。
神が喜び楽しむ者
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう。
私の中で自由な主の働きを
!
I choose to believe God. But I cannot force my desires onto someone else. I must follow my heart and allow others to follow their heart.
