2022年2月24日 聖書通読
木曜は 旧約: 預言書
今日もみ言葉で祈ろう
。
エゼキエル33:21-36章
主は私たちを「わたしの羊」すなわち「わたしのもの」と言われる
。
「あなたがたはわたしの羊、わたしの牧場の羊である。あなたがたは人間で、わたしはあなたがたの神である──神である主のことば。(エゼキエル34:31)」
神と人。造った方と造られた者。それをよくよく知っておくことが、主の祝福を受ける秘訣
。
主のみことばは変わらない
。主はこの歴史の始まる前から、「わたしのもの」と決めておられた
。主イエスキリストにあって私たちを選ばれていたと聖書に書いてある
。私たちが主を知らないときも、それは変わることはなかった。
「すなわち神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。(エペソ1:4)」
その選びとは、主イエスキリストにあって、神の子とされること
。「神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。(エペソ1:5)」
ああ、私はただ、この世界をさまよい歩いていたけれど、主が私を捜し出してくださった
。「まことに、神である主はこう言われる。「見よ。わたしは自分でわたしの羊の群れを捜し求め、これを捜し出す。(エゼキエル34:11)」
律法の囲いに属さない異邦人だった私をも導いてくださると、主イエスは約束してくださっていたのだ
。「わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊たちがいます。それらも、わたしは導かなければなりません。その羊たちはわたしの声に聞き従います。(ヨハネ10:16)」
そして、約束どおり、主イエスは来てくださった
。私の人生にも。主は私たちを救い出し、私たちを憩わせる。「わたしはわたしの羊を確かめ、雲と暗黒の日に散らされたすべての場所から彼らを救い出す。(エゼキエル34:12)」「わたしがわたしの羊を飼い、わたしが彼らを憩わせる──神である主のことば──。(エゼキエル34:15)」
ああ、主イエスキリストは「失われたものを捜し、追いやられたものを連れ戻し、傷ついたものを介抱し、病気のものを力づける(エゼキエル34:16)」神
。
主が今日も私たちを連れ出される。一人一人、名前を呼んで
。たましいが感知する見える世界から、もっとリアルな主の霊の世界へ
。主のもとでみことばを十分に食べ、いのちの水を飲み、癒され、力を与えられ、そして、また主の備えた義の道を歩いていく




。
「主は私の羊飼い
。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ いこいのみぎわに伴われます
。主は私のたましいを生き返らせ 御名のゆえに 私を義の道に導かれます
。(詩篇23:1-3)」
私は新しく造られた者。
神が喜び楽しむ者
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう。
私の中で自由な主の働きを
!
I am standing on the Word of God. I don’t care what the symptoms are, or how I feel. I believe according to the Word of God that I’m healed.
