2022年1月8日 聖書通読
土曜は 新約: 手紙 
今日もみ言葉で祈ろう
。
ヤコブ1-2章
昨年12月から、私の心は主イエスキリストの兄弟ヤコブに向かわされていた
。それで、今年最初の書簡はヤコブ書に
。
主イエスが生きておられるときは主を信じなかったヤコブ(ヨハネ7:3-9)。同じ家庭で最も近く育った兄が、全人類の罪を贖うために来られた神であったと知った衝撃はどれほどのものだったろう
。そのことをずっと考えさせられていた。
しかし、よみがえられた「キリストはヤコブに現れ(Ⅰコリント15:7)」てくださり、ヤコブは信じる者となっていく
。そして、母マリアや女たちとともに「心を一つにして祈っていた(使徒1:14)」ヤコブも、聖霊降臨を体験していく

ヤコブ書を読み祈るとき、主に背いていたヤコブの悲痛なる悔い改めの思いが心に迫ってきた
。その胸の痛みは、そのまま私自身の悔い改めの祈りとなった
。こんなにも近いところで良きものすべてを与えてくださっていた主を知らず生きていたこと、今なお、主が働いておられることを悟れないときが多いこと、私の心を主の前に告白していく
。そのことが私を主に近い者にしていく。
ああ、ヤコブの悔い改めはどれだけ深かっただろう。多く赦された者は「多く愛(ルカ7:47)」するようになる。ヤコブがどれほど主を愛する者に変えられたか
。やがて、彼はエルサレム教会のリーダーとなる。そのすべては主のみわざ
。
ヤコブ書は激しい手紙だ。44回にわたる命令文。しかし、その一つ一つにヤコブ自身の主への真実なる思いが感じられる
。そして「私の兄弟たち(ヤコブ1:2)」という呼びかけの何と温かいことか。心砕かれた者の温かさ
。「私の兄弟たち」「私の愛する兄弟たち」ということばは20回にもなる。
悔い改めの心をくださるのも主
。イエス様を信じない罪、イエス様を愛していない罪、イエス様のため生きなかった罪。これらの罪に対する悲痛を感じ、罪を自白するとき、主に従う心も力も上から注がれる

。「すべての良い贈り物、またすべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来る(ヤコブ1:17)」。
こうして、上から下ってくる主の恵みによって、主のみこころを行う幸せな者へと変えられていく
。
私は新しく造られた者。
神が喜び楽しむ者
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう。
私の中で自由な主の働きを
!
According to the Word of God, I am healed. I believe it in my heart, and I say it with my mouth.
