2021年5月7、8日聖書通読
金曜は新約: 福音書
土曜は新約: 手紙
今日もみ言葉で祈ろう
。
マルコ15-16、Ⅱコリント4-5章
「私たちは、いつもイエスの死を身に帯びて(Ⅱコリント4:10)」いるという
。それはどういうことだろう
それは「イエスのいのちが私たちの身に現れるため
(Ⅱコリント4:10)」。
主イエスが十字架で死なれるとき、「祭司長たちも律法学者たちと一緒になって、代わる代わるイエスを嘲って言った。「他人は救ったが、自分は救えない。(マルコ15:31)」
そう、主イエスはご自分のもとに来た人をすべてお癒しになったが、自分を救おうとはされなかった
。「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てに (Ⅰヨハネ3:16)」なったのだ。
それは父なる神の計り知れない愛とひとつになった主イエスの愛
。主イエスは言われた。「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。(ヨハネ10:18)」
「それによって私たちに愛がわかった(Ⅰヨハネ3:16)」のだ
。ああ、主イエスは、神にしかできない奇跡を行い、神にしか語れないみことばを語られ、その死によって、神にしか示せない愛を示された。
。
主が私に語られた。「ですから、あなたがたは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、主が来られるまで主の死を告げ知らせるのです。(Ⅰコリント11:26)」
ご自身の死によって「キリストは死を滅ぼし、福音によって、いのちと不滅を明らかに示され (Ⅱテモテ1:10)」た。ああ、主よ、そのことをもっと深く悟らせてください
。「人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。(エペソ3:19 )」
主がみことばをもって私たちを励ましてくださる。「そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまであなたがたが満たされますように
。(エペソ3:19 )」
私は新しく造られた者。
神が喜び楽しむ者
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう。
私の中で自由な主の働きを
!
God is love. And I don’t blame love for what the devil does. I look at Jesus, and I see love at work.
