聖書通読33段目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
聖霊に導かれるままにⅠテモテ4-6章
って、たった3回で休憩かい
!と自分でも思いますが、聖書を読みながら、個人的に感じたことも記しておこうかなと
。
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昨日、思った。あー、私は刈り込まれていたのだと
。
クリスチャンになって、いろーんなことが変わっていったけれど、ここに来て自分が「刈り込まれていた」ことに気がついた。それは、このみ言葉を読んで
。
「わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。(ヨハネ15:2)」
私は気づいた。いろんなハプニングやら事件やらが起きて、えーんと主に頼る時、主は私に「刈り込み」をしてくださっていたのだ
。何が刈り込まれていたかというと、私の内面の高ぶりや、絡まったところや、汚れたところ、いらないところ
。
そして、それは何のためかというと、もっと多く実を結ぶため
。あー、やはり「神は愛(Ⅰヨハネ4:16)」。「すべてのことを働かせて益としてくださる(ロマ8:28)」のだ
。
内面の刈り込みが進み、それと平行するように、目に見える生活も、どんどんシンプルにされていく。家の整理も進んでいく
。
あー、どうしても必要なことはわずかなのだ、いや、一つだけなのだ
。
主イエスは言われた。「どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。(ルカ10:42)」
マルタの妹マリヤが「主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた(ルカ10:39)」ように、今日もみことばに聞き入ろう
。
ああ、主よ、賛美します。私たちのために、あらゆることを良いことに変えてくださる、偉大なるみわざをほめたたえます
。
その時、主が教えてくださった
。
「満ち足りる心を伴う敬虔こそが、大きな利益を得る道です。(Ⅰテモテ6:6)」
私は新しく造られた者。
神が喜び楽しむ者
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう。
私の中で自由な主の働きを
!
Faith must be released in words through your mouth. You can have what you say.”
