聖書通読272、273、274、275日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
金曜日は福音書
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土曜日は手紙
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日曜日は律法
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月曜日は歴史書
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使徒1-2、ヘブル1-4、民数記29-32、Ⅱ歴代誌11-15章
私は高ぶり生きてきた
。それは人の目には見えない高ぶりで、神の前には明らかな高ぶりだった。何か良いことがあれば、「やっぱり私は運がいい」と思い上がった
。成果を出せば、私は頑張ったと誇りに思った。「いえ、皆さんのおかげです」もしくは「(自分なりの)カミサマのおかげ」と心から感謝する自分に安心してさえいた
。
真理を知ってみれば、それは全く恥ずかしい姿だった
。「良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって(ヤコブ1:17)」、自分や神以外のものに原因があるのではなかったのだ
。「神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださった(エペソ2:10)」。だから、ダビデは素晴らしいささげ物をした後でも「みずから進んでささげる力をもっていたとしても。すべてはあなたから出た(Ⅰ歴代誌29:14)」と言って、神に栄光を帰したのだ。ああ、これまでの人生の「自分がやった」と思ったすべてを今、涙をもって悔い改める
。
私たちは誰しも、いつかは神の前に立つようになる
。「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。(ヘブル9:27)」「私たちはみな神のさばきの座に立つようになる(ロマ14:10)」。その時、私ははっきり知るだろう
。自分が神の恵みなしでは、一瞬たりとも生きられなかったことを
。神を知ろうと知るまいと、人は神に与えられた生を、神の愛とあわれみの中で生きる
。
いのちを与え、生涯にわたって支え導いてくださったその方に出会う時、私はどんな心で会えるだろう
今、私たちはその方を求めて、日々歩んでいる
。「目に見えない方を見るようにして(ヘブル11:27)」歩んでいる

。日々の出会いがたとえぼんやりしていても、それを信仰で受け取っている


。しかし、その時は来る。はっきり顔と顔とを合わせる時が。「今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。(Ⅰコリント13:12)」
私はその時をどう迎えるだろう
主はいつも語られる
。「あなたはあなたの神に会う備えをせよ。 (アモス4:12)」ああ、その時が、最高の喜びの時となりますように
。主よ、私たち皆が、そのように感激の時を持てますように。「神に向かって歌い、御名をほめ歌え。雲に乗って来られる方のために道を備えよ。その御名は、主。その御前で、こおどりして喜べ。 (詩篇68:4)」

嬉しい時はどんな時か
関心のない人に会ってもさほど嬉しくない。先日、ものすごく久しぶりに会った人がいた
。最初の職場の女性の先輩で、ずっと年賀状のやり取りだけになっていた人。毎年「今年こそ会おう」と書いてくれたけど、1月を過ぎれば忙しく、かなりの長い期間、会えずにいた。ここ数年は「3月までに会おう」と期限を書いてくれ、それもまた流れたけれど、どこで知ったか、突然私にメールをくれた。「9月28日11時帝国ホテルのソファで」と
。あまりのアプローチに私も嬉しくて、そこに着く前からにまにましながら歩いてた。
主からのアプローチはそれ以上。毎日毎日、毎瞬毎瞬、語りかける
。私たちをこの方以上に関心をもって見つめている人はいない
。今、神から私たちははっきり見えていて、私たちの側からはほんの一部しか分からない。しかし、その時、私たちは完全にその方を知ることになる
。「今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。(Ⅰコリント13:12)」
見えなくても、よく分からなくても、知りたくて知りたくて、会いたくて会いたくて、神を求めるなら、全てを知るその出会いはどれほどの時となるだろう
気を失っちゃうかも
ああ、ダビデは気を失うほどに神を愛していた
。「私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。 (詩篇63:1)」
ああ主よ、私たちの命があなたの御手にあることを分からせてください。この世界、万物を治めている方があなたであることを分からせてください
。「主は天にその王座を堅く立て、その王国はすべてを統べ治める。 (詩篇103:19)」何をもって治めておられるのか
それは、力あるみことばによって
主イエスは「その力あるみことばによって万物を保っておられ(ヘブル1:3)」る。ああ、みことばみことばみことば
。私たちの持つ、最高の財産だ。
私たちがさばきの座に向かう時、持っていくみことばはこれ
。「御子を信じる者はさばかれない(ヨハネ3:18)」
ハレルヤ!主の恵み
その時がいつかは知らなくていいらしい(使徒1:7)。私たちは主の愛にくるまれて安心して備えよう。どう備えるか
みことばが自分自身に「信仰によって、結びつけられ(ヘブル4:2)」るよう。「信じた私たちは安息に入る(ヘブル4:3)」から。主が私たちを「火の中を通し、きよくし(民数31:23)」、「水の中を通(民数31:23)」しきよくしてくださる
。
ああ主よ。「力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。(Ⅱ歴代誌14:11)」強くても弱くても、私たちを整え、あなたとの出会いに備えさせてください
。
そして今日も思い出させてください。あなたの恵みなしでは、これまで一瞬たりとも生きられなかったことを
。あなたが私たち一人一人の全瞬間に関心を持ち、愛で導いてくださっていることを
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう
。
私の中で自由な主の働きを!
“Don’t spend all that time praying and wearing yourself out for the night service. Lie on the bed and meditate.”