聖書通読128、129日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
月曜日は歴史書
〜。
Ⅱサムエル10-14章、詩篇54-56篇
今日から仕事や学校の人も多いだろう。私も、夕べ遅くまで準備をして職場へ
。朝のホームでは、駅員さんに抱えられた女子高生がベンチに座り込んでいた。その後ろには30代だろうか、サラリーマン風の男性がベンチでうずくまっている。「大丈夫ですか?」駅員さんの声にも無言だ。話しかけられるのもつらいのか。私も無言で祈って、電車に乗り込んだ
。
昨日はGW最終日。この日の過ごし方を前夜、主人と娘とで話し合った。焦点はお知らせが来ていたセミナーに行くかどうか。娘は「家にいたーい」と言う。まぁ、そうだよね。長旅後だしね
〜。
それで、3人それぞれ祈ってみようとなった
。私は祈りながら考えた
。「たまには娘の希望も聞いてあげた方がいいかな、、、私も家で書類整理して、翌日の仕事に備えなきゃな」、、、ということで、「主人だけ行って、私と娘は家」という結論を出した。なぜって、さっき、主人が「僕が代表で行ってもいいよ」と言ったから
。
しかーし!祈った後の主人の答えは違った
。主に語られたのは「3人でセミナーに行くこと」だったという。そして、なんと!娘もそうだったのだ
。あれだけ家にいたいと言ってたのに。。。
え
ってことは、2人とも自分の考えとは別次元の主の声を受け取っていた
私はバリバリ、頭で考え祈ってた
あー、もっと主に心を預け、主の御心を受け取れるようになりたい
。
セミナーでいただいたのは主の愛。その時、心つかまれたみ言葉は「あなたの神、主は、地の面のすべての国々の民のうちから、あなたを選んでご自分の宝の民とされた。主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれた(申命記7:6-7)」という箇所
。
ああ、主の愛を思う。私たち一人一人を選んで宝の民としてくださった主
。私たちを恋い慕われる主
。
夜の祈りの時、主が私の心に語られた。「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。(詩篇55:22)」そうだ、毎日、重荷をおろしながら歩んでいこう
。心に負担となっているものを全部、主の前に、十字架の御もとにおろして歩んでいこう
。
主は言われる。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11:28)」そこには、絶対的な安息
。そして、祈りながら、あっと気づいた
。
私が自分の考えで、主の御声を阻んだのではなかったのだ
。主はもっと大きな愛で、私を包んでくださっていた
。私の思い、私の事情を全てご存知で、私の祈りを受け取ってくださっていた。そして、主人と娘に働いてくださったことを知ったのだ
。
主の愛は大きい。主の愛は計り知れない。その愛はどの一人にも注がれている
。主を知らない人たちにも。朝の女子高生にも、その後ろに座った男性にも、その愛は注がれている
。
主イエスにあって、私たちは「宝の民」とされている
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう
。
私の中で自由な主の働きを!
The Lord my God lights my candle. He enlightens me.
