聖書通読1、2日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
創世記1-3、ヨシュア1-5章
東京は、真っ青な元旦の空
。車も少なく、街も晴れ晴れとしている。
今年の通読をどうするか
採用するのは、年末に考えていた時に見つけた方法。題して、かじりかじり法
。
カフェの時間、私はコーヒーを横に、おいしいものを少しずつかじりながら聖書を読むのが好きだ
。ユダヤの親たちはハチミツをなめさせながら子供にみ言葉の甘さを教え込むと言うが、私もそんな感じかな
。
昔は10冊くらいの本を同時並行で読んでいくのが好きだった
。毎日、全部がじわじわ進む。
日曜日: モーセ五書(律法)
月曜日: 歴史書
火曜日: 詩篇
水曜日: 詩歌
木曜日: 預言書
金曜日: 福音書
土曜日: 手紙
日曜〜木曜は旧約聖書。金曜〜土曜は新約聖書。曜日ごとに異なる味を楽しむ
。日替わり定食みたい
。今年は神学校での学びもあるから、通読は今までよりスローペース。でも、それだけ丁寧にみ言葉に触れられる気がして、楽しみだ〜
。
元旦の今日、私の中では、2019年に漠然とした(でも確固とした)期待感があるのみだが、主には完璧完全な計画がある
。主は、どの一人にも異なるクリアな計画を持たれている。私たち一人一人にその計画が成就しますように
。
主は創造の6日目に、お造りになったすべてを見て喜ばれた
。「見よ。それは非常によかった。(創世記1:31)」
今、新しい年を前に、私たちのための計画を見て、主がこう言われるのを感じる
。「見よ。それは非常によかった。(創世記1:31)」
主は、私たちのただ中におられ(ゼパニヤ3:17)、私たちの全てを楽しみ、喜ばれている
。「主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。(ゼパニヤ3:17)」
そして、2019年に歩む環境全てはもう備えられた
。創造の時、主は人に「やりたいようにやりなさい」とは言っていない
。主の計画に従い、主が備えた場所に置き、主の御心を行わせたのだ。「神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。(創世記2:15)」そう、今年、主が私たちを置く場所がある。環境全ては、主の管理下にあることを覚えておこう
。
主は言われる。「強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。(ヨシュア1:9)」
愛なる主は、私たちのなす全てを益としてくださる
(ロマ8:28)。
2019年、主が私たちのうちで「不思議を行われる(ヨシュア3:5)」
。ヨシュア率いるイスラエルの民が信仰をもってヨルダン川に足を踏み入れたように、私たちも主からいただく信仰によって進んでいこう
。
主の御力によって「かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡り終わった(ヨシュア3:17)」。私たちも驚くべき主のみわざを体験する2019年となることをイエスの御名で宣言します
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう
。
私の中で自由な主の働きを!
God’s life is in me. God’s nature is in me. God’s ability is in me. God’s wisdom is in me. For me to fail, God would have to fail. And God can never fail! I am a partaker of His divine nature.
