雅歌17、18日目。
そして、私たちの口は主の口となる
。「あなたのことばは、良いぶどう酒のようだ。私の愛に対して、なめらかに流れる。(雅歌7:9)」
今日もみ言葉で祈ろう
。
雅歌7章
イエス様の世界にあって、世にはないもの。それは爆発的な明るさかなって思う
。湧き上がる喜び。世のどの歌に、こんなに力ある歌があるだろう
。世のどの言葉に、こんなに権威ある言葉があるだろう
。
もちろん、罪を認めることや悔い改めなどもある。しかし、それは過程に過ぎない
。その向こうに主が導かれるのは、歓喜の世界だ
。
世に生きていた私は、空の空を生きていることを知らなかった。自分ではバランスの取れた人間だと思っていた
。高い精神性を求めつつ、日々の着実な歩みを重ねる、そんな生き方に満足していた。いや、満足せず、向上しようとする自分自身に満足していた
。
そんな私のことが、伝道者の書に書いてある
。「空の空。すべては空。日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。(伝道1:2-3)」
人が驚嘆するような努力をする人もいる。世のため人のため尽力する人もいる。そ、それも空の空
あー、しかし、今、分かる。自己実現や自分の努力はつまり、自分の中に自分の王国を作ることだった
。内側にバビロン
きゃー。
一切は消えていく。諸行無常の空の空
。これは結局、無神論の世界だ
。だから、そこに静寂はあったとしても歓喜はあふれてこない。「昔あったものは、これからもあり、昔起こったことは、これからも起こる。日の下には新しいものは一つもない。(伝道1:9)」
厭世感漂う「伝道者の書」はそう好きでもなかった
。でも今読むと気持ちいい。知恵もむなしい、知識もむなしい
(伝道1:16-18)。「笑いか。ばからしいことだ。快楽か。それがいったい何になろう。(伝道2:2)」事業も邸宅も財産も庭造りも芸術も権力も全てがむなしい(伝道2:3-11)。バッサリ斬る、その切り口が鮮やか爽やかアーメンだ
。
結局、そうなのだ。神以外のものに焦点を当てるなら、それは全て的外れ。「空の空(伝道1:2)」で終わる。しかし、聖霊に導かれ、イエスを主と告白し、神との愛に生きるなら、私たちは「歌の中の歌」を生きるようになる
。雅歌は英語で”Song of songs”、歌の中の歌。
主は私たちをそのように愛を交わし合う存在として進ませてくださる
。私たちが自分の王国を築くのをやめ、その王座を主に明け渡す時、私たちの内なるバビロンは倒れる
。「倒れた。大バビロンが倒れた。(黙示録18:2)」
そうして初めて、私たちは神のご支配に預かる者となり、私たちの内に神の国が来る
。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。(マタイ3:2)」そして、神との愛の世界を喜ぶ者として、「新しい創造(ガラテヤ6:15)」が始まるのだ
。
新しい創造はどこから始まるのだろう
体の場合、受精卵が細胞分裂して最初に作られる臓器は腸だという。そこから栄養を吸収して体は作られる
。新しい創造の栄養はどこから
主は言われた。「わたしはいのちのパンです。(ヨハネ6:48)」「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。(ヨハネ6:54)」
そう、新しい創造は、主の血肉を食べることから
。イエス様の体はみ言葉が肉になった体。だから、私たちが主の血肉を食べるとは、み言葉を食べること
。
「主イエスは、渡される夜(Ⅰコリント11:23)」、パンを裂き、こう言われた
。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。(Ⅰコリント11:24)」そして、杯をも同じようにして言われた
。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。(Ⅰコリント1125)」
私たちは「子羊の血と自分たちのあかしのことばのゆえに(黙示録12:11)」、あらゆるものに打ち勝つのだ
。ぶどう酒
とパン
なのだ。だから今日も、主イエスの血潮の力を受け取り、み言葉を宣言する。
それが雅歌にも書いてある
。私たちのほぞ(おへその辺り)や腹、つまり、内臓には、ぶどう酒と小麦(パン)。イエスの血潮とみ言葉
。
「あなたのほぞは、混ぜ合わせたぶどう酒の尽きることのない丸い杯。あなたの腹は、ゆりの花で囲まれた小麦の山。(雅歌7:2)」
血潮の力とみ言葉によって新しく、美しい強い体が作られる。そんな「新しい創造(ガラテヤ6:15)」を経た私たちを主ご自身が賞賛してくださる
。「ああ、慰めに満ちた愛よ。あなたはなんと美しく、快いことよ。(雅歌7:5)」
血潮の力とみ言葉によって新しく、美しい強い体が作られる。そんな「新しい創造(ガラテヤ6:15)」を経た私たちを主ご自身が賞賛してくださる
そして、私たちの口は主の口となる
私たちの人生は「空の空」ではない
。私たちは主の中にいて、私たちの中に主がいてくださる
。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。(ヨハネ6:56)」
こうして、私たちは主との親密な関係を築き、愛を交わし合い、歌の中の歌を生きるのだ
。「私は、私の愛する方のもの。あの方は私を恋い慕う。(雅歌7:10)」
ハレルヤ!主よ、感謝します!
爆発的な明るさのもと歩める私たちの人生を。
全ての栄光を主に
!!!
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう
。
私の中で自由な主の働きを!
Writing to born-again, Spirit-filled Christians in Romans 12, Paul tells them to do something with their bodies and their minds. Man’s spirit is born again at the New Birth, but he still has the same body and the same soul. He is to present his body to God, and he is to see to it that his mind is renewed.
