聖書通読17日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
Ⅰコリント9-16章
昨年のこの時期、Sちゃんがクリスチャンプランナーという手帳を注文してくれた。日曜のメモ欄がどーんと大きくて、礼拝のみ言葉を書ける
。今年一年愛用した
。一昨日、送ってくれた2019年度版ラインナップは、黒、アイボリー、ローズ、夜明けの4種類。わくわくしながら考える。うーん、やっぱ夜明けかな
。
「夜明けか〜
」と思いを巡らせていたら、娘のバレエ発表会の配役が決まったとの連絡が。父のことで行けなかった私に、友人が写真を撮って送ってくれたのだ。演目はコッペリア。そして、娘は
おー!「夜明けの踊り」
。
そして今朝パソコンを開くと、、、
夜明けには、闇に光が侵入する
。かすかに差し込む光を見逃すまい
。闇の中にとどまらず、ただ、光に目を留めよう。信じる者の内には主イエスの光。手にはみ言葉のともしび。主の安息の内に、私たちは闇の中に光を見る
。「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。(詩篇119:130)」
主よ、夜明けは、あなたにまみえる時間です
。あなたのみ言葉に思いを潜めます
。「私は夜明け前に起きて叫び求めます。私はあなたのことばを待ち望んでいます。私の目は夜明けの見張りよりも先に目覚め、みことばに思いを潜めます。(詩篇119:147-148)」
そして、私は祈ります
。「主よ。朝明けに、私の声を聞いてください。朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします。(詩篇4:3)」
私の考えや感情、個人的な願いを後ろにおいて、あなたの御声を聞き、あなたのリードに従います
。私の自我が前面に出るなら主の光が遮られる
。おお主よ、私が自分を現さないよう守っていてください。ただ、あなただけが現れますように
。
夜明けの始まりは静かだ。何も変わらないように見えた暗闇の世界に、かすかな光が差し始め、徐々に光がそこを満たしていく
。「闇はこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:5)」
「やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った。(イザヤ9:2)」 光は神。そして「神は愛(Ⅰヨハネ4:16)」
。
「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。(Ⅰコリント13:4-7)」
信じる私たちに主は毎日語りかける
。私たちの今が、夜明けでも、昼間でも、漆黒の闇でも、主はかけがえのない一人一人に、それぞれ100%の愛を注いでくださっている
。主が私たちを運ばれ、私たちの人生は美しく前進していく
。
さぁ、素晴らしい主をほめ歌おう
。「この私は、あなたの力を歌います。まことに、朝明けには、あなたに恵みを喜び歌います。(詩篇59:16)」
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で自由に歩もう
。
私の中で自由な主の働きを!
For “me” to live in this physical body is Christ. The life of Christ dwells within the real me —the man on the inside, the eternal spirit being.
