聖書通読24、25日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
Ⅱテモテ1-4、ヘブル1-13、ヤコブ1-5、Ⅰペテロ1-5章
昨日の特別賛美は久しぶりに「
私は主に触れられて」を歌った。そうしたら、 それをブログ名にしているSちゃんが後で証をすることになっていた
!びっくり
以前、祈りの300時間越えの証をしてくれた。その時は、主との霊的な交わりが全く分からなかった段階から、いろいろなことを感じられるようになったことを話してくれた
。昨日は1000時間越えの証。直前の厳しい歩みと、それを主とともに越えたことを分かち合ってくれる
。ものすごく大きな信仰が注がれているのを感じた。圧倒されるような内容であるにも関わらず、彼女の証はいつも楽しく爽やかだ
。そして聞く者は皆、心打たれる
。その信仰によって、私たちの信仰も焚き付けられる
。
「信仰がなくては 、神に喜ばれることはできません 。(ヘブル11:6)」
神と共に歩もうとするなら、私たちに必要なのは信仰だ
。
「『アブラハムは神を信じ 、その信仰が彼の義とみなされた 』という聖書のことばが実現し 、彼は神の友と呼ばれたのです 。(ヤコブ3:24)」
み言葉を読む時も聞く時も必要なのは信仰だ。み言葉を信仰によって自分に結びつけるのだという
。
「福音を説き聞かされていることは 、私たちも彼らと同じなのです 。ところが 、その聞いたみことばも 、彼らには益になりませんでした 。 みことばが 、それを聞いた人たちに 、信仰によって 、結びつけられなかったからです 。 信じた私たちは安息に入るのです 。(ヘブル4:2-3)」
信じる私たちは神の安息に入ろう。み言葉を手本に進んでいこう
。
「キリスト ・イエスにある信仰と愛をもって 、私から聞いた健全なことばを手本にしなさい 。(Ⅱテモテ1:13)」
Sちゃんの証に出てきたみ言葉が、とても心に残った
。
「私たちが滅びうせなかったのは 、主の恵みによる 。主のあわれみは尽きないからだ 。 それは朝ごとに新しい 。(哀歌3:22-23)」
聖書は教える。さまざまな試練に会うときは喜べと。いや、単に喜べじゃない
。「この上もない喜びと思いなさい(ヤコブ1:2)」というのだ
信仰が試されると忍耐が生じる。そしてその「忍耐を完全に働かせなさい(ヤコブ1:3)」と。
そのように歩む時、私たちはどんな者になるのだろう

「そうすれば 、あなたがたは 、何一つ欠けたところのない 、成長を遂げた 、完全な者となります 。(ヤコブ1:4)」
「あなたがたの信仰の試練は 、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く 、イエス ・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になる(Ⅰペテロ1:7)」
神が私たちに期待されるところは限りなく大きい
。だが、神は私たちにできないことはさせない。今の環境全てをもって、私たちを成熟へと進ませてくださる
。
「ですから 、私たちは 、キリストについての初歩の教えをあとにして 、 成熟を目ざして進もうではありませんか 。(ヘブル6:1)」
私たちは「シオンの山 、生ける神の都 、天にあるエルサレム 、無数の御使いたちの大祝会に近づいている(ヘブル12:22)」
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で完全に自由に歩もう
。
The authority in the Name of Jesus that is above every name has been given to the Church. It has been given to me. I have authority over all the power of the enemy.
