聖書通読12日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
ヨハネ18-21章、使徒1-2章
祈りの中に深く入っていくと、自分の視点も深いところへ降りていく
。目に見える表面的なところを離れて、もっと深く、もっと奥深くへと、根源的なところへ向かうのか。主が触れてくださろうとするのはそんな根本のところか
。遠回りにも見えるけれど、それが一番近道なのだよと続けて言われて来たように思う
。
神様のやり方は、周辺からじゃない。やれそうなとこから手をつけて、徐々に核心に迫っていく方法ではない
。いきなりずどんと究極だ
。「だから、神の国と神の義をまず第一に求めなさい。(マタイ6:33)」
解決したいことや小さな願いは、あれもこれも、いろいろあるけれど、主が究極を言われるから、そのまま私も受け取って、究極を願い祈る
。
神様のことをいつも第一とできるように。世に縛られるのではなく、人に振り回されるのでもなく、神のご支配の中で生きられるように
。
弟子たちが求めていたのは、その究極だ
。それは人の努力で得られない。権力によっても得られない。ただ神の霊によってのみ得られるもの(ゼカリヤ4:6)。
それで、イエスの弟子たち、婦人たち、イエスの母マリヤ、イエスの兄弟は「みな心を合わせ 、祈りに専念していた 。(使徒1:13-14)」
私が今することもこれだ。いや、正直、祈りのことがよく分からなかった時は、その時間が惜しかった
。この時間、あれもできるこれもできる、と考えた。でも、今求めるのは、自分が神の力に動かされること。忙しく活動することを止めて、祈りの中で聖霊を待ち望む。私の中に神が働いてくださる空間を作るため、日々、主の備えをする。
「すると 、みなが聖霊に満たされ 、御霊が話させてくださるとおりに 、他国のことばで話しだした 。(使徒2:4)」
聖霊が臨むと、そこから、しるしと不思議と奇跡が始まっていく
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で完全に自由に歩もう
。
Words spoken in faith, create realities . . . So rise up and speak, like the Creator of the universe.
