聖書通読10日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
ヨハネ4-11章
イエス様を信じる者にとって一日一日が特別だ
。今日しか味わえないことがある。今日しか気づけないことがある
。
今日受け取ることのために、あらゆることが主によって、ベストポジションで設置されている
。それは私たちの好みと関係なく
。私たちの感覚を遥かに超えた愛で全てが緻密に配置されている
。
私たちにとっては死角だらけの状況も、主の意識の届かないところはない
。それをどれだけ悟れるか。この環境で、今(!)、主が私たちに素晴らしい賜物を与えてくださる
。私たちの目がもっと開けたなら、主がどんな方であるかを知っていたなら、私たちのほうでもっと主を求めるだろう。
主は言われた
。「もしあなたが神の賜物を知り 、また 、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら 、あなたのほうでその人に求めたことでしょう 。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう 。 (ヨハネ4:10)」
肉のものは有限で、霊のものは永遠だ
。主が送ってくださった聖霊は、私たちの内にあって、尽きることのない泉のように私たちを満たしていく
。
「この水を飲む者はだれでも 、また渇きます 。 しかし 、わたしが与える水を飲む者はだれでも 、決して渇くことがありません 。わたしが与える水は 、その人のうちで泉となり 、永遠のいのちへの水がわき出ます 。(ヨハネ4:14)」
人が知り得ないことを言い当てられ、主の愛と真理に触れたサマリヤの「女は 、自分の水がめを置いて町へ行き 、人々に言った 。(ヨハネ4:28)」
自分の水がめは、自分の考えとも言えようか
。女は自分の価値観を置いて町へ行き、人々に恵みを伝えた
。女が証したことによって、人々が「イエスのほうへやって来た 。(ヨハネ4:30)」
そして、「その町のサマリヤ人のうち多くの者が 、 『あの方は 、私がしたこと全部を私に言った 』と証言したその女のことばによってイエスを信じた 。(ヨハネ4:39)」
これが主の働きだ
。女が言ったことは単純だ。ただすごいと思ったことを言っただけ。あとは全て主がなさる
。
サマリヤ人たちの願いを受け、主は二日間そこに滞在された
(ヨハネ4:40) 。 それによって、「さらに多くの人々が 、イエスのことばによって信じた 。(ヨハネ4:41)」 そして彼らはその女に言った 。 「もう私たちは 、あなたが話したことによって信じているのではありません 。自分で聞いて 、この方がほんとうに世の救い主だと知っているのです 。(ヨハネ4:40-42)」
すごいと思ったことを言っただけで、町中が救われてしまった
。
人は最初、主のことを誰かから間接的に聞く
。しかし、ひとたび、その人の心が主に向かうと、主はその人と個人的な、直接的な関係を開いてくださる
。おお、その恵み。
日々、み言葉の中に、生活の中に、主を見よう。今日受け取るものに、明日受け取るものに「すごい!」と心震わせよう。それを誰かに言ったなら、そこから何が始まるか
。
「しるしと不思議を見ないかぎり 、決して信じない (ヨハネ4:48) 」者とならず、「イエスが言われたことばを信じて (ヨハネ4:50)」奇跡を受け取る者となろう
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で完全に自由に歩もう
。
I see to it that I speak in line with God’s Word. Then I hold fast to my confession.
