聖書通読6日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
ルカ1-6章
私が何をしている時に、主が訪ねてくださっただろう

主が最初に出会ってくださった時にしていたことは、ひょっとしたら、自分の使命、デスティニーを知る手がかりになるかもしれない
。
ペテロがそうだった
。イエス様が最初にペテロを訪ねたのは、ペテロが夜通し働いても魚が一匹もとれなかった時だった
(ルカ5:5)。そんなペテロに主は「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われる。そして、み言葉に従うとどんなことが起きるかを体験させた
。
ペテロがみ言葉に従って網をおろすと「①たくさんの魚が入り 、網は破れそうになった
。(ルカ5:6)」 そして、②仲間に助けを求め、彼らが協力すると、「魚を両方の舟いっぱいに上げたところ 、二そうとも沈みそうになった(ルカ5:7)」

。
ひどく驚くペテロに、主は彼のデスティニーを告げる
。「こわがらなくてもよい 。これから後 、あなたは人間をとるようになるのです
。 (ルカ5:10)」
復活されたイエス様が、再びペテロを訪ねたところを読むと泣ける
。最初と同じように来てくださったから。
ペテロが夜通し漁をしても何もとれなかった時、主は言われた
。「舟の右側に網をおろしなさいそうすれば、とれます。(ヨハネ21:6)」 ペテロがみ言葉に従うと、「おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった(ヨハネ21:6)」

。
主はそれほどまでに、私たちとの最初の出会いを大事にしてくださっている
。それほどまでに、私たちとの個人的な関係を大事にしてくださっている。主の切ないまでに鋭く深い愛を感じて、私は今日たくさん泣いた
。
ペテロはその後、み言葉通り、①3千人の魂を救いに導く(使徒2:41)。そして、②仲間の協力を得て、さらに救われる人々が増え5千人になり(使徒4:4)、それは今日につながっているのだ
。
主が私を最初に訪ねてくださった時、私は何をしていただろう
今日一日祈りながら思い出してみた。
当時私は、もっと良いものを、もっと良いものをと、妥協なく最高のものを求め続けていた
。そして、良いと思ったもの、自分に役立ったものをいろんな人たちと分かち合っていた。(ただし、自分が良いと思っていたものの多くが、主を知った今、悔い改めの対象になっている。。。
)
今日、祈りながら感じた。私がこれから出会っていくのは、本物を求めている人たちだ
。これまで出会って、今クリスチャンとして共に歩む友人たちもそういう人たちだ。人生に妥協しない人たち。とにかく、私は主の願われる本物のクリスチャンになりたい。そして、そう願う人、あるいは願うようになる人たちと出会っていくのだろうと感じた
。
出会いは主が与えてくださる。今日も不思議な出会いがあった。隙間時間にカフェに入って聖書を読んだ時のこと
。ざわついた店内で、み言葉の世界に深く入っていたら、私の耳に小さくアメージンググレースが聞こえてくる
。
ん
と思ったら、隣の人の電話の着メロだった。「粋な」という言葉が似合う、とても素敵な女性
。その人が「ごめんなさいね」というから、「いえいえ〜、私はクリスチャンなので、アメージンググレースが聞こえてきて嬉しかったですよ。」と少しだけ話をした
。お子さんたちがミッション系の学校を出ていると言われていて、私もすごく嬉しくなって「神様の祝福をお祈りしますね」と言ったら、「電話ちょうだい」と何度も言ってくださった。その方は老舗の超高級料理店のオーナーだった
。そういえば、今年初めにも同じような出会いがあったと、思い出した。それも祈らなきゃ。全てはみ心のままに。
私たちには何の計画もないけれど、主が計画を持っておられる
。私たちには何の内容もないけれど、主が全てを満たされる
。主が臨在されるなら、出会う人は主に魅了されていくだろう
。
だから、今日も悔い改め祈る。主が用いることのできる器として、清められるように
。そして賛美の声を上げる。
「わがたましいは主をあがめ 、 わが霊は 、わが救い主なる神を喜びたたえます 。 (ルカ1:46)」
皆さんの上に本物の祝福を
!!
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の中で完全に自由に歩もう
。
I may be in the world, but I am not of the world. I am of God. My citizenship is in Heaven.
