聖書通読27日目。
今日もみ言葉で祈ろう
。
士師1-7章
主のために、目覚ましい働きをするクリスチャンの中には、壮絶な過去を持つ人たちもいる
。地獄のような所から救われた証は強烈なインパクトをもって私たちに働きかける
。神の御力、愛に圧倒される
。でも、そういう人たちは特別だと思っていた。自分はそんな所はかいくぐっていないから、そんな境地には至れないだろうと思っていた
。
イエス様も言われる。多く赦された者が、より多く愛する(ルカ7:41-50)と
。だから、ものすごく悪いことをして回心した人が、より強い信仰をもつものだと思っていた
。
しかし、昨日の祈りでそうでもないのかもと感じた。だいたい、罪の多さ、大きさなんて目では見えない。イエス様が言われたのは、「罪の多い者が、より多く愛する」ではなく、「より赦された者が、より多く愛する」だ
。
多く赦された者とは、「多くの罪を犯した者」というよりも、「多くの罪を認識し悟り、悔い改めに導かれた者」とも言えるんじゃないか。だから、私はもっと深く悟り悔い改めたい
。主の赦しを悟るほど、主への愛が大きくなる。主の力が注がれる。だから、自分の知らない深いところからの悔い改めに導かれるよう願い、今日も祈る
。
主が人に与えた使命はそれぞれ異なる。そして、どんな人にも、強みもあれば弱みもある。完璧な人はいない
。だからこそ、私たちに助け合う理由がある。一つになれる道がある
。
「何事でも自己中心や虚栄からすることなく 、へりくだって 、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい 。 (ピリピ2:3)」
主がユダに与えた使命は、先頭を切って進むこと
。
イスラエルの民がカナン人と戦う時、最初に行くべき人を主に尋ねた。主は言われた。 「ユダが上って行かなければならない 。見よ 。わたしは 、その地を彼の手に渡した。(士師1:1-2)」
ヤコブと子供たちが、ヨセフのいるエジプトへ下る時も、「ヤコブはユダを先にヨセフのところに遣わしてゴシェンへの道を示させた。(創世記46:28)」
荒野を行く時も、「まず初めにユダ族の宿営の旗が、その軍団ごとに出発した。(民数記10:14)」
本人の願いの有無に関わらず、周りの人の意見に関わらず、主は固有の力と役割をユダに与え、また、私たちに与えている
。私たちはどんな役割を託されているのだろう
。
主が私たちを見る目は、人が見る目と全く異なる
。主は、失敗だらけの私たちではなく、そのもっと奥の本当の私たちを見つめておられる。ここに私たちの希望がある
。
ギデオンもなんの自覚もない時に「勇士よ 。主があなたといっしょにおられる 。 」(士師記6:12)と言われた。そして、主のみわざが進んで行く。
私たちはなんと呼びかけられているだろう
。私たちに自覚があろうとなかろうと、主は私たちに対する主の仕事を続けてされている。今この瞬間も。そして、主のみわざは進んで行く
。
今日もみ言葉で祈ろう
。
主の臨在の内に歩もう
。
If you know God’s Word is true, and you act like it is, then it will become real in your life.
