聖書通読57日目。
今日もみ言葉で祈ろうニコニコ

アモス1-9、ホセア1-4章


安んじている者、甘んじている者に、聖書は厳しい炎。人ごとではない。私もちょっと前まで安んじている者だったからガーン。(右矢印安らかな愚かな者でした)


アモスが警告するのは、選びの民としての恵みを受けながら、そこに安んじているイスラエルの民雷。「シオンで安らかに住んでいる者、サマリヤの山に信頼している者」は暴虐の時代を近づけていると言っているガーン(アモス6:1-3)。


象牙の寝台に横たわり、長いすに身を伸ばしている者」たちは「最初の捕らわれ人として引いて行かれる。身を伸ばしている者どもの宴会は取り除かれる(アモス6:4-7)」とも言うガーン

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主は生ぬるい者を「口から吐き出そう」とまで言われる(黙示録3:16)。


そう言えば、昨日読んだ箇所にもそんなことが書いてあったびっくり。預言者エリシャがイスラエルの王ヨアシュ主の勝利の矢」をとり、地面を打てと言ったとき、3回打ってやめた王に対し、エリシャは「5回、6回打つべきだった。」と言った雷。そうしたら完全に敵を絶ち滅ぼせたのにとチュー(Ⅱ列王13:17-19)。


私たちの中に、主に対する情熱が、信仰がどれほど燃えているかは、それほど重要なのだ炎


そう考えると、叫ぶ理由のある者は、本当は恵まれているのかもしれないびっくり。病、貧困、仕事の問題、家族の問題、人間関係、自分自身のアイデンティティの問題など、主にすがらざるを得ない課題を抱えていることは、恵みともなりうるのだ炎


私にも叫ぶ理由があるくちびる。自分のことも人のこともあらゆることをもって叫び祈ろう。


彼女に穀物と新しいぶどう酒と油とを与えた者、また、バアルのために使った銀と金とを多く与えた者が、わたしであるのを彼女は知らなかった(ホセア2:8)」


これは私のことえーん。そして、私につながるほとんど全ての先祖たちのことだ神社。この日本に住むほとんど全ての人たちのことだ富士山。この世界に住むほとんど全ての人たちのことだ地球


私は今日、このことを叫び悔い改めたいくちびる。私は今日、このことをとりなしたい炎


安んずる者になりたくない手。言われたことをただするのではなく、「主よ、私はこう考えてみました。主よ、こんな風にするのはどうでしょう?」と語り合いながら、一工夫しながら進みたいハート


私たちの必要を全て満たしてくださる主に感謝する。情熱も信仰も主がくださる雷。足らなければ願えばいい。主はお優しく豊かな方。求める私たちを満たされるハート


読んでくださった方の祈りに、今日も聖霊の火が入り、今までにない力が湧き上がることをイエスの御名で宣言します炎


今日もみ言葉で祈ろうニコニコ