今日は一日雨。。雨くもり

 東日本大震災に関する記事が特集されている
 3月10日から今日までの新聞を
 まとめて読みました。。

ゴンチチ窓辺の三月


 震災からまる三年たった今…
 今まで見えなかったものが見えてきて
 再生・復興の言葉のうらにある問題が
 山ほどある事を再認識しました。。
 
 死者1万5884人
 行方不明者2633人
 26万人以上が避難所生活・・
 
 新聞記事や
 TVの特集番組で見た
 被災者の方々の
 それぞれの悲しみの深さを
 思う時
 胸が締め付けられる思いで
 目頭があつくなります。

 被災した方々の今は?
 家族を、大事な人を失った人たちは
 三年経ってどうしているのだろう
 悲しみを新たにしているのだろう…
 
 
 未だに悲しい現実を受け入れられなくて
 苦しんでいる人たちが沢山いるという
 記事が多かったです。
 前への一歩が出ない。。
 どうしてーーあ~してあげなかったのだろう
 どうしてつないでいた手をはなしてしまったのだろう…
 等々…
 何故?の思いと後悔・・
 
 決して悪い訳ではないのに
 やり場のない後悔を持ちながら
 自分を責めながら
 生きて行く事は
 辛いと思います。

 先程11時台のTVで見た
 南三陸の町役場で
 最後まで
 町民の高台への避難を呼びかけて
 自ら津波に呑まれて
 命を落とした町の若い女性職員の
 ドキュメントがありました。

 娘さんをそのような形で失ったご両親の
 深い悲しみと複雑な思い・・
 母親は娘さんが津波で亡くなった直後に
 自分も死んで娘の所に行きたかったという
 言葉に涙が溢れました。
 悲しみの中で生きなくてはいけない中で
 母親は毎日亡くなった娘に報告する意味で
 日記をつけ始めます。
 文字を通して娘さんと話しているのです。
 その文章の中に
 後からあなたの所に行く時に持っていけるようにと
 の文章がありました。
 亡くなった娘さんの所に行く事を考える事で
 ちょっと楽になって頑張れたのでしょうか。
 それから若いボランティアの方々が家に入ってくれて
 水に浸った一階部分のお掃除などを手伝ってくれるのですが
 亡くなった娘さんと同じ年頃の女の子達です。。
 それまで笑顔で語りかけていた母親の顔が急に曇ります。
 娘さんの顔が重なったのですね。
 二階に駆け上がって遺影に向かって涙を拭きます。。
 一緒に泣いている自分がいました。

 三年の間に
 復興という言葉があちこちで飛び交い
 確かに復興は少しずつ進んではいるけれど
 むなしい気持ちはどうしようもない…と日記に多く見受けられます。

 父親の悲しみもいかばかりか。。
 父親は番組の中で
 子は親に笑顔を見せてくれるだけで良い。。
 印象的な一言でした。。

 しばらくして両親宅には若い高校生達が 
 震災のときの様子を聞きにくるようになり
 両親もやっと話そうという気持ちになってきます。

 そしてーーー今

 海を見下ろせる家の裏庭に
 新しく家が建設されています。

 その名は「未来の家」

 未来は亡くなった娘さんの名前です。
 みくさんです。

 未来の家ーーみくのいえーーです。

 そこで民宿をやるとのこと。
 
 建設中の家を見守る両親の表情に 
 笑顔が見えていました。

 亡くなった娘さんと毎日話が出来る場です。
 毎日の事を報告出来る家です。。
 
 最後に
 
 空から見守っていてね^^ 
 そして
 力をくださいね。。と

 みくさんと一緒にいる気持ちに
 なれたのだと
 思いました。。

 辛い毎日を経て
 やっとここまでこぎつけたのでしょうね。
 見ていたわたしも嬉しかったです。


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 帰れない町を思って現状に焦り感じ始めている人たち
 あのときから心の穴が埋まらず時間が止まったままの人も
 多くいると思います。。

 ありきたりではあるけれど
 問題が山積みでこれからどうなっていくのだろうと
 悲観的ですが
 時間とともに悲しみが癒されるとは
 思えませんが
 心が少しでも軽くなるように…と
 希望を持てる環境作りが早く進みますように
 震災住宅の建設がすすみますように
 お年寄りや子ども達が暮らしやすい町が戻りますようにと
 
 願ってやみません。

 

 3月11日ーー。

 忘れてはならない日だと
 あの大震災は人ごとではないということ
 あらためて思っています。