著者:永守重信(ながもり・しげのぶ)

    1944年京都生まれ。28歳で従業員3名の日本電産株式会社を設立。

    精密小型から超大型までのあらゆるモータとその周辺機器を網羅する

    「世界№1のモーターメーカー」に育て上げた。

 

 まえがき

 ・私が自宅の納屋を改造してモーターメーカーを立ち上げたのは1973(昭和48)年7月、28歳のと

  きである。これまで60社以上のM&A(合併・買収)を成功させ、今では世界の40数カ国・地域で

  ビジネスを展開し、グループ従業員も11万人を超えた。

 ・今も忘れられない出来事がある。創業ほどない時期に取引先の企業が倒産し、資本金を上回る多額

  の不渡り手形を食らった。その後資金繰りにメドをつけ、窮地を脱することができた。何よりお金

  まわりの戦略、財務の戦略が不可欠である、と私は考えている。会社をつぶさず成長に導くために

  必要な財務戦略、経営の基本原則について詳しく解説した。本書を参考に、企業にチャレンジして

  世界を代表するグローバル企業に導くような若者が日本で一人でも増えれば、望外の喜びである。

 

 

 序 章 お金の戦略が必要だ 

 ・最近の経営者層の人を見て物足りなく思う。経営者候補として大企業出身の人たちを募集し、面接

  をするが、まったく財務に弱いのである。「まさか」という事態は、どんな大企業にも一流企業に

  も起こり得る。数字を常に把握し、いざという時にキャッシュ(現金)をどう確保するかといった

  最悪の事態への対処法を、日頃から想定し、原則を定めておくことがかかせない。

 ・創業5年~10年くらいまでの間は、何よりバランスシートの数字をソラで言えることが大切だ。

 

 

 第1章 キャッシュこそ企業価値の源泉 

 ・一般の会社では営業部門に優秀な人材を持っていき、購買部門には営業では十分な成果を上げられ

  ない人材がいくというケースも多いようだ。そうではなく購買にこそエース級の人材を配置すべき

  だ、というのが私の考えである。

 ・日本電産には創業以来、継続して実践し、成功を収めてきた3つの経営手法がある。

  ①井戸掘り経営、②家計簿経営、③千切り経営・・である。

  ①井戸堀り経営

   井戸の水というのは、くめばくむほど湧いてくる。経営改善のアイデア、コスト抑制のアイデア

   も、この井戸掘りと同じである。キャッシュを生み出すための新たなアイデアが出てくるまで、

   とにかく徹底的に掘り続けることだ。

  ②家計簿経営

   ある家庭で30万円の給料が25万円に下がったとする。30万円のときは3万円の貯金をしていた。

   25万円になってもその10%の2万5000円をちゃんと貯金したい。これまでビール2本飲んでいた

   のを1本にする。タイやヒラメなど白身の魚を食べていたものを、サバやアジなどより安い魚に

   する。つまり使うお金を少しずつ節約するのだ。

  ③千切り経営

   経営上の大きな問題に直面するとびっくりしてしまうが、小さくして考えれば解決できるはずだ

   千切りのように小さく刻んでいけば、必ず解決策が見つかるだろう。

 

 

 第2章 会社を成長へ導く財務戦略 

 ・私が創業期から成長期にかけて何よりも重視してきたのは「一株当たり利益」を高めることである

  一株当たり利益は文字通り最終利益を発行済み株式数で割った値である。経営を考えるうえで重視

  する数値に敢えて順番をつけるとするならば、まず「一株当たり利益」、次に「利益」、そして

  「売上高」という順になる。

 ・日本電産グループで今重視するのがキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)という指標

  である。原料の調達から生産、販売して資金回収するまでの期間を示し、資金効率の指標になる。

  経営トップは経理部門が作った計算書を見て納得してはいけない。

 ・会社を強く健全にするための永守流の3つの極意を紹介しておこう。「ハンズオン(直接把握する

  こと)」「マイクロマネジメント」「任せて任さず」である。ハンズオンは経営者や管理職層が実

  際に行ってやってみせることである。そして徹底して細かいチェックをするのがマイクロマネジメ

  ント。「任せて任さず」は、現場や部下に権限を持たせても、完全に任せきりにはせず、きちんと

  管理するということである。権限委譲しても放任はしない、そのバランスが重要である。

 ・損益計算書やバランスシートは何の為に作るものなのだろうか。自社の財務戦略を有利に進める為

  に、銀行や株主、取引先に対して財務諸表を積極的に活用していくことが重要である。まず人権費

  がどれくらいかかっているか、これを読み解きたい。これが第一のチェックポイントである。そし

  て次に開発費の占める比率である。

 ・販売費および一般管理費が多い会社であれば、管理部門に多くの人員が配置されていたり、相当数

  の営業担当者を雇っていたりしている・・ということが分ってくる。この販管費が逆にすくない会

  社は、技術料が高く、製品自体の魅力で売り上げを伸ばしているのだろうと推察できる。

 

 

 第3章 創業期の資金の集め方 

 ・資金はどこから調達すればいいか。「借りにくいところから借りろ」というのが鉄則である。何よ

  り借りにくいところほどコスト、つまり金利が安いからである。

 ・銀行を選択する際の第一のポイントは支店長である。支店長の人物を見極めることが大事である。

  まずチェックすべきなのは任期である。実際に融資を受けるようになるまで一定の期間が必要だ。

  そう考えると、着任してから半年くらいというのがベストと言えるだろう。できれば年齢が若い支

  店長がいるところの方がいいだろう。若い人ほど新しいことにも張り切ってチャレンジする意欲が

  強い。第二のポイントとして、相手が中小企業であっても親身になって相談に乗ってくれそうなと

  ころを探すべきである。例えば同じ地方銀行でも本店より支店、都市銀行ならなるべく小さな支店

  へ行くのがよいだろう。つまり管轄内にたいした企業がないような支店を選ぶのが得策だろう。

 ・私が京都銀行の桂支店で話を聞いてもらえたというのも、この支店が住宅地にあって、ほかにはあ

  まりおおきな取引先がなかったからである。融資を判断し決断するのは生身の人間である。人との

  出会いが成功を左右することを忘れるべきではないだろう。

 

 

 第4章 金融機関とどう付き合うか 

 ・我々が創業した当時の銀行は「減点主義」の傾向が強かった。何か失敗でもしようものなら、過去

  にどんな大きな成功があったとしても、人事考課上でバツをつけられる。私は銀行と付き合う際、

  このことを絶えず念頭においていた。

 ・ベンチャー企業のトップたるものは、バランスシートが読めて、数字に強くなければならない。こ

  のことは再三再四、強調しておきたい。50年近く企業の経営に携わってきてあらためて思うのは

  どんな人と出会うかが事業の行く末を大きく左右する、ということである。「組織は人」であり、

  「取引は人」なのである。そのうえで「自分の会社をいちばん大事にしてくれるところを選べ」と

  改めて指摘しておきたい。

 ・人との付き合いを突破口にすれば、物事が進み始めることがある。支店長だけでなく、次長とも、

  担当者とも付き合う。さらには本店の幹部とも付き合う。絶えず人脈を広げ、考えを伝え、理解者

  を増やしていく。「私個人としては、社長の意欲に常々大変敬服しており、ぜひご融資申し上げた

  いのですが、本店がどうしても首をタテに振ってくれません」。私の経験では、金融機関は企業の

  融資の依頼を断るとき、必ずこういう答えを用意している。こういうセリフは断り方の代表的なパ

  ターンである。

 

 

 第5章 取引先を見極める方法 

 ・現場に行けばすぐに分ることはいくつかある。まず売上の規模に比べて立派な建物に入っている会

  社には注意した方がよい。工場が立派すぎる企業も気をつけておかなければならない。

  かつて我が社では営業パーソンに「初めて訪問する会社へは午前10時に行け」と教えてきた。応

  接間に入ってまず灰皿をチェックする。前日の吸い殻が残っているようならば、その会社とは絶対

  に取引をしてはいけない・・・・と。その他、蜘蛛の巣がはっているとか、窓ガラスが割れた所に

  テープを貼ったままになっている会社も要注意といえる。

 ・社長の出社時間はその企業の経営力を見る重要な手がかりになる。社長の出社時間が遅い会社ほど

  取引先として危険と考えられる。ともかく、灰皿や窓ガラスといった細部にも気がいかないほど、

  心の余裕がなくなってしまっているようならば、当然赤信号である。

 

 

 第6章 チャレンジと財務バランス 

 ・日本電産の場合、創業してしばらくの間は建物については半分を現金で支払い、残りの半分は2年

  の手形をあてていた。手元にはなるべく資金を多めに持つようにして、いざというときに備えよう

  としたわけである。機械を購入する場合も借入の返済は36回や48回の分割払いにした。絶えず

  手元の流動性を厚くしておこうとしたのである。私は創業以来ずっと「足元悲観、将来楽観」とい

  う考え方を基本にしてきた。

 

 

 第7章 いざ株式上場 規律の中で鍛える

 ・上場は資金調達の幅が広がるだけでなく、優秀な人材の確保、社内の士気、世界の一流企業と取引

  していく際の信用など、メリットは大きい。

 

 

 第8章 M&Aをどう活用するか

 ・誰から買うか、私の場合、基本的には国内でも海外でも一流の企業からしか買わない方針だ。特に

  ファンドが持っているような会社はなるべく手を出さないようにしてきた。私は毎年1月1日に、

  会社まるごとであれ、年事業部門であれ、これから買おうと思っている企業のトップに対して手紙

  をだすことにしていた。

 ・M&Aの相手先を分析する時はバランスシートをじっくり読み込む。PLは悪くても立て直せるが

  バランスシートの修正には時間がかかるからである。どこを直せば会社がよくなるのか、健全な財

  務状況になるにはどのくらいの時間がかかるのか、はっきり分からないうちは買えない。足元のPL

  はいいけれど、負債が多いなどバランスシートが悪い会社には慎重になる。

 ・M&Aの成功のカギを握るのは買収後である。買うまでが2割、買ってからが8割であると私は

  常々言っている。企業を再建し、日本電産グループの戦力とする際に、絶対欠かせないのが、相手

  先の経営陣と社員の意識改革である。「赤字は罪悪である」との意識を植え付け、日本電産流の

  「3Q6S」を徹底するのだ。QはQualityの頭文字で、3Qは「良い社員」「良い会社」「良い製

  品」を指す。6Sは「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「作法」「しつけ」である。

 ・6Sによって工具や物品がきちんと整理されると、無駄な作業がなくなる。まず手掛けるのが「事務

  所や工場の整理整頓」と「出勤率のアップ」である。買収先の企業を再建する力がないと、下手を

  すれば共倒れになる。それだけM&Aはリスクが高いものなのである。ひとたび買収企業の再建を

  経験すると、経営者としての能力は大きく高まる。そして原則として経営陣の入れ替えはせず、人

  員の整理にも手をつけない。基本的に会社のブランドは残す。これが私の方針である。無理にやれ

  ば社員の士気が落ち、かえって再建が遅れるだろう。

 

 

 第9章 海外展開は飛躍のチャンス

 ・90年代に入ると一時100円を上回る円高になったのは周知の通りだ。円高が進む中で、各企業

  各経営者によって様々な対応が見られた。「日本政府の対応が悪い」と文句ばかり言っている経営

  者もいた。何をやっても手の施しようがなく衰退していった企業も少なくなかった。

 ・私自身はかなり早い時期から本格的な円高の時代がくるだろうと予想し、対策を考えてきた。米国

  の現地法人を作ったのもその一環だ。1985年9月のプラザ合意を一つのきっかけに円は急速に上昇

  を始める。私の方針ははっきりしていた。世界経済の大きな流れを踏まえつつ、「最悪のケースに

  も備える」ということである。創業時の資金調達で学んだ教訓を、こういった場面でも生かしてい

  るのである。

 ・米国ならドル、タイならバーツ、中国なら人民元、欧州ならユーロと、その国の通貨で見て、最高

  の売上高、最高の利益を上げてもらう。為替の変動を気にせずに本来の業務に取り組むのが、最善

  の為替対策である。私が今最も警戒しているのは、やはり政治のリスクである。そして海外進出に

  伴うリスクを避ける有効な方法は、やはり地域の分散である。

 

 

 第10章 波乱の時代をどう乗り切るか

 ・「築城3年、落城3日」という言葉があるが、今は落城は3時間、いやほんの3分あれば十分かも

  しれない。変化の時代はチャンスの時代でもある。創業したばかりの企業や規模が小さい企業であ

  っても、飛躍の可能性があるということだ。

 ・どうやって利益率をたかめていくか。競争力、収益力の源泉は人である。社員の能力を高めて、生

  産性を上げることだ。強い企業集団となる条件の一つは、「高賃金・低労務費」の実現である。

  「情熱、熱意、執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」という

  日本電産の経営の原点である「三大精神」も、京セラを追いかける中でできてきたものだ。

 ・ベンチャー経営者にとっての重要な資質の第一は「大胆にして繊細であれ」である。第二が将来に

  夢を持てる人間であることだ。第三に、自分のできないことは、他人を信頼して任せる度量が必要

  である。そして第四に、仕事が大好きだということだ。仕事が嫌いでは話にならないだろう。ただ

  ひたすらに仕事、仕事、仕事・・というぐらいでなければ成功するのは難しい。

  さらに精神年齢が若いこと。これが第五である。第六に、人に好かれるようでなければならないし

  説得力も重要である。最後の第七。経営者は自己の健康管理を厳重に行うべきである。

 

 

 あとがき

 ・財務の感覚、俊敏で的確な判断、ハードワークの心意気、そして人を引き付ける人格・リーダー

  シップ。これらがそろった人はそうそういない。人は地位では動かない。その人の実績を見て動く

  のである。真の経営者を育てるには15歳くらいから教育が必要だる、というのが私の持論だ。会社

  は若い社員に夢を与えることが大事である。人は将来に夢があるから頑張れるのである。

 

 

 ●● ピークパフォーマンス方程式 ●●

 ・創業5年~10年くらいまでの間は、何よりバランスシートの数字をソラで言えることが大切だ。

 ・会社を強く健全にするための永守流の3つの極意は、「ハンズオン(直接把握すること)」「マイ

  クロマネジメント」「任せて任さず」である。ハンズオンは経営者や管理職層が実際に行ってやっ

  てみせること。徹底して細かいチェックをするのがマイクロマネジメント。「任せて任さず」は、

  現場や部下に権限を持たせても、完全に任せきりにはせず、きちんと管理するということ。

 ・創業以来ず「足元悲観、将来楽観」という考え方を基本にしてきた。

 ・M&Aの相手先を分析する時はバランスシートをじっくり読み込む。PLは悪くても立て直せるが

  バランスシートの修正には時間がかかるからである。どこを直せば会社がよくなるのか、健全な財

  務状況になるにはどのくらいの時間がかかるのか、はっきり分からないうちは買えない。