ロウアーミドルの衝撃

  大前 研一  投稿日:2013年11月10日(日)08時37分51秒
  
  日本経済の低迷は不景気によるものではなく、長期衰退そのものだったのだ。景気悪化の元凶のように言われた「デフレ」も、実際は経済のボーダレス化、サイバー化にともなう、価格の正常化にすぎなかった。

日本では長期衰退の中で所得階層が二極化し、常識とされてきた「総中流社会」が崩壊。年収600万円以下のロウアーミドルクラス(中流の下層)以下の人達が8割を占めるようになった。
今では、下手をすると、一生ロウアーミドルクラスで終わるかもしれない、と多くの人が感じ始めている。しかし、日本でロウアーミドルクラスに分類される収入でも、世界基準にあてはめれば、十分アッパークラスに入る。当著における提案は、ロウアーミドルクラス以下の生活を豊かなものに変える質的変化を引起すものなのだ。

日本は数字の上では豊かでも、生活の質は他の先進国に比べて低く、むしろ途上国レベルにとどまっている。
今、我々が取り組まなければならないのは、この現実に即した人生設計の構築なのだ。
日本は中位数年齢(人口の真ん中の人の年齢)に達し、2025年には50歳を超える。しかし、ボーダレス経済、サイバー経済の時代に世界で活躍できる人材を育成するプロブラムは、今の日本の学校教育にはない。

20代から40代のサラリーマンが景気が悪いと感じる理由の1位に給料があがらないを挙げているが、給料が上がらないことを景気のせいにするような「他力本願」の発想をするのは、おそらく世界でも日本人だけ。
国債が暴落すれば、日本の国家財政そのものが破綻してしまう。2001年末にアルゼンチンの国債がデフォルトを起こしたのと同じような事態が起き、年率四ケタの超インフレが発生して日本政府が金融緊急措置法を発令して預金封鎖するといった最悪のケースも、絶対にないとは言えない。

アッパーミドルクラスは急激に減っている。ロウアーミドルクラス以下の中低所得者層がじつに全体の8割近くをしめていること、ロウアーミドルの台頭こそが、日本経済や社会を質的に変化させている最大の要因だ。日本では所得階層の分布がM字型社会に移行しているが、アメリカではレーガン革命以降、こうした傾向がとくに顕著になったが、日本も20年遅れてこの流れを踏襲していると言える。

日本がおかれた状況は30年前のアメリカよりもはるかに深刻だ。世界史上でも例のないほどの少子高齢化社会で、1,000兆円もの公的債務がある。場合によっては衰退どころか国家破綻の危険性さえある。

◆少子高齢化の影響は、多くの日本人が思っている以上に深刻だ。過疎化の進んだ地方に行くと、若者の姿をほとんど見かけず、高齢者にしか出会わないような場所があるが、イメージとしては日本全体がそうした活気のない、どんよりした国になってしまうということだ。
◆会社に置き換えて考えてみると、50歳以上の社員が半数以上を占める会社に、斬新なアイデアや、新しい技術を開発するチャレンジ精神が湧き上がってくるだろうか?
中位数年齢が50歳を超えるとはそういうことだ。

その中で、年金や医療費など増大する社会保障費をどうやって賄い、高齢者をささえていくのか。負担増時代もまた、これから少なくとも20年は続くトレンドだと認識しておかなければならないのだ。
中位数年齢が50歳を過ぎた社会では、若い活力が失われ、自己変革は不可能になる。明治維新を行った人たちも、第二次大戦後に大企業を築き上げた人たちも、10代20代で大活躍し、30歳前後で自らの仕事を完成させている。
日本は2005年に人口減少社会に転じた。今後は長期衰退が永久に続き、日本が二流国、三流国へと転落していく可能性は高い。

◆ロウアーミドル時代の兆しは、経済統計にも表れ始めている。全国の百貨店の売上高推移を みると、1991年をピークに落ち始め、2004年には20%下落している。百貨店はもともと年収 1,000万円超のアッパークラスと年収600万~1,000万円のアッパーミドルクラスを主なターゲットにしている。つまり、百貨店の売上低迷の主な理由は、ロウアーミドルクラス
 の増加とそれにともなうアッパーミドルクラスの減少にある。

百貨店の凋落(ちょうらく)が構造変化によるものであることは、30年前にM字型社会への構造変化を経験したアメリカの動きを見れば一目瞭然だ。
構造変化に気づき、対応していかないかぎり、仮に景気が回復しても業績が伸びることはありえない。
◆売上を伸ばすには、最大のマーケットであるロウアーミドルクラスにどうコミットしていくかがポイントになる。

ZARAはアッパーミドルのセンスをロウアーミドル価格で提供する「なんちゃって自由が丘」起業の典型で、一人勝ちしているのも納得出来る。
低所得者の中でもやや上に位置するロウアーミドルクラス(年収300万~600万)は、価格面ではロウアークラス同様の安さを求めるが、「安かろう悪かろう」では納得せず、センスはアッパーミドル向け商品並を求める。

日本でも早晩アメリカと同じ状況になるのだから、企業はこれまでの中流階級を意識したマーケティングから、二極化したマーケティングへとシフトしなければ生き残ることは難しい。
アメリカの消費者は自分の目で確かめたものを信じるから、今では綿製品で高級品といえばトルコ製というのが常識になっている。自分が手にしている感覚よりも、ブランドで判断する日本の消費とは大違いだ。

こうした価格低下の動きを、政府はいまだに「デフレ」と呼んでいる。
生活の質を上げて、コストを下げることが、いよいよ政治の中心課題になってきたのではないか。
収入が減り、負担が増え続ける生活者自身こそがすぐにでも意識を改革し、人生の戦略を立て直さなければならないのだ。
アメリカでは30年も前から、アパート住まいの人はコインランドリーを利用するのが当たり前になっている。また、お金をかけて所有しなくても、必要な時に借りればいいという考え方が都心部では常識になり、レンタカーが巨大産業に成長した。いまでは、自動車を友人らと共同で利
用するカー・シェアリングのスタイルも広がり始めている。

教育にお金をかける方がいいという証拠は、どこにもない。それどころか、高額納税者リストを見ると、一流大学を卒業して一流企業に就職したような人間は誰一人入っていないのだから、教育にお金をかけても無駄というのが現実。
◆日本の教育制度は、平均レベルの高い人間を大量生産する工業化社会時代のままなのだ。
◆世界ひろしといえども、家族揃った夕食時にテレビをつけている家庭は日本以外にはまずない。

日本では霜降り肉が珍重されるが、オーストラリアでは大理石状の脂肪があることからマーブルド・ビーフと呼ばれ「脂肪の含有量が多すぎて健康被害がある」という理由で販売禁止になっているほどだ。日本の牛は通常の飼育期間よりも長く過剰に飼育し、フォアグラ状態にしてから食肉にする。消費者に「脂肪が多くておいしい」という錯覚を与えることで、4倍も高い値段がつくからだ。
オーストラリアでは日本向けにWAGYUという名前をつけて出荷しているが、この肉はオーストラリアでは健康被害のおそれがあるので販売できない肉なのだ。

(日本人の国産信仰)
日本のアサリは実際は殆どが北朝鮮産で、「畜養」といって、日本の干潟にしばらく埋めてから掘り起こせば国産表示になる。「北朝鮮産」と表示すれば日本人がそっぽ向くと考えて、こんな手のかかることをやっているのだ。
同様に、中国からもってきたウナギも、浜名湖で一週間泳がせれば「浜名湖産」になる。
◆2005年にJAS法が改正され、原産地表示が義務付けられたが「原産地」の定義がグレーゾー ンであるため、こうした表示がまかり通っているのだ。
◆国内でも、但馬牛が近江で食肉に加工されたら近江牛、松坂で加工されたら松坂牛になる。

⇒日本政府は2006年10月から、北朝鮮の核実験を受けて北朝鮮産品の輸入を全面禁止している。当著は2006年1月発行。

★アメリカが長期衰退を脱した最大の理由の一つは、レーガン時代の徹底した市場開放と規制緩和にある。その結果、ロウアーミドルでもかなり豊かな生活がおくれる生活者天国へと社会が変質していった。
日本人が世界的にみれば高収入なのに、豊かさを実感できないのは物価が高いからだ。とくに食品はバカ高い。米はアメリカの4倍、小麦粉は2倍。牛肉はオーストラリアの5倍、アメリカの4.5倍、果物や野菜も概ね2倍以上だ。

これほど食料品が高いのは、日本の農業生産性が世界最悪だからだ。アメリカの80分の1しかない農地面積にアメリカと同じ位の農業人口がいて、農地100ha当たりの人数はアメリカの70倍、オーストラリアの467倍になる。
◆狭い農地にひしめき合う大勢の農家を政府が補助金で養っているのが現状なのだ。農業補助ではなく農家救済という究極のバラマキを画策しているのだ。コスト競争では全く太刀打ちできないため、国は700%というケタ外れの関税をかけて日本の米農家を守ってきたのだ。

オーストラリアの水田では、1トン当たりの米の価格は2,500円。10kg当たりの値段ではない。日本の米とは生産効率が100倍も違うのだからそれも当然だろう。
◆無益な規制が、世界的に見れば高収入のはずの国民の生活を貧しいものにさせている。その張本人は規制によって守られている少数利益団体であり、規制をかけている行政組織そのものである。本当に行政を効率化すれば、日本の公務員の数は10分の1で済む。

もっとも人数が多く、「日本株式会社」の社員株主であり、最高の優遇措置をうけているのが公務員である。公務員以外で身分が保障されているのは、第一次産業従事者である。所得が保障されると誰も働かなくなってしまうのが当然である。

★公務員が暇な理由は、日本の役所に「整数論」がはびこり、兼任ができない仕組みになっているからである。日本の役所は0.3人分の仕事に1人を充てている。0.3人分のしごとを3つやっても0.9だから1人で十分だが、日本の役所では3人必要ということになるのだ。

自治体の殆どの業務は全国的に集約してBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)にすることが出来る。BPOの会社が1社あれば、全国の地方自治体の業務を代行することが可能だ。

(教育は北欧に学べ)
人材とは、「自分の力で考え、行動出来る」自立した人材だ。教育面では、北欧に学ぶべきだ。北欧の教育現場では、「teach教える」という言葉が禁じられ、「learn学ぶ」を使う。「教える」は答えがあることを前提とし、それを知っている人間が教えると言う考え方だが、21世紀の世の中では答えのない問題だらけである。
★だから・・教えるのではなく、子供達が自ら学びとるという考え方を徹底しているのだ。

日本がとるべき最善の方法は、所得税をやめて資産課税に切り替えることだ。中国の発展も、アメリカの復活も地域国家が生んだものだ。50の州があれば、危機に直面したときに50通りの解答が出てくるから、その中から正解を選び出せばいい。
◆これからの時代に求められるのは、これまでのような「他人まかせ」ではなく、自分が一人の生活者として発言し、行動することだ。ロウアーミドルクラスの人たちは、自分は改革者であるという自覚を持つべきだ。
 21世紀の経済は、世界から地域に富を呼び込む仕掛けをしなくては繁栄できない。


●● ピークパフォーマンス方程式 ●●
・狭い農地にひしめき合う大勢の農家を政府が補助金で養っているのが現状。農業補助ではなく農家救済という究極のバラマキを画策している。そして700%というケタ外れの関税で米農家を守ってきた。
・公務員が暇な理由は、日本の役所に「整数論」がはびこり、兼任ができない仕組みになっているから。0.3人分の仕事を3つやっても0.9だから1人で十分だが、日本の役所では3人必要ということになる。
・人材とは、「自分の力で考え、行動出来る」自立した人材だ。北欧では「teach教える」という言葉が禁じられ「learn学ぶ」を使う。「教える」は答えがあることを前提とし、それを知っている人間が教えると言う考え方だが、21世紀の世の中は答えのない問題だらけだから・・教えるのではなく、子供達が自ら学びとるという考え方を徹底している。