8月18日火曜日。雨のち曇り、のち晴れ。
朝、外に出ると、しとしとと雨が降っていて、少し肌寒い。
ドナウ河を見下ろして、小鳥の声と風の音を聞きながら、バルコニーに座っていると、時を忘れる。
朝ごはんを食べたあと、デュルンスタインの街を散策。
昨日の夕方は、死んだように静かな街だったのに、ドナウ河クルーズの船がついさっき着いたようで、船から降りてくる客で、街はにぎわっていた。
街の真ん中にある修道院へ。
景色はきれいだけど、言ってしまえばい、それ以外何もない街なのに、教会の中は、意外と豪華。
亡くなった聖人の骨が着飾って祀られている。
今日はさらに西へ。
高速道路に乗ると、道幅は日本のと同じぐらいなのに、制限速度130km、中には140-150kmぐらいで飛ばす車もいるから、どきどきして、手に汗かいてしまう。トラックもアグレッシブだし。
走っている車の、ナンバープレートに注目。EU加盟国は、似たようなプレートを付けているけど、左端のEUマークの隣にアルファベットがついていて、どこの国から来たのかがわかる。Aはオーストリア、Dはドイツ。中には、H(ハンガリー)、PL(ポーランド)、B(ベルギー)、M(マケドニア)、SK(スロバキア)のついた車もいて、走ってても飽きない。
大抵、時速150km以上で飛ばしてるのは、DかAの車だった。国民性が出るよね。
今日の目的地、マウトハウゼンまで、約1時間半。
オーストリアがナチスに支配されていた時代の、強制収容所。
街から離れた、とうもろこし畑の真ん中に建っている。
ここは、花崗岩が採れる石切場のあって、戦時中、オーストリアやハンガリーの都市で、石畳や建物を作るのに、大量の石が必要だったため、ユダヤ人や政治犯、思想犯をここに収容して働かせた。収容された人々は、アウシュビッツのように、すぐにガス室に送られたわけではなく、石を切り出す苛酷な労働の末、疲労、栄養失調、衰弱などで死んでいった人が多い。
ここには、約19万人が収容され、少なくとも、9万人が死亡した。
これは、「死の階段」と言われ、囚人は一日の終わりに50kgの岩を肩に背負って、この階段を登らされ、登れない者には、上から石をなげつけられて撲殺されたり、射殺されたりした。
収容所のある丘の上から、ぐるっと車で降りていくと、14%の急斜面を下って、ようやく階段の下にたどり着く。
今は崖になっているこの場所、囚人たちが、石を切り出していった結果、こんな深い谷ができたんだろうか。
実はここにも、ガス室が存在し、ユダヤ人を始め、衰弱して働けなくなった人が殺された。
衰弱した人を殺すために、この長い針のついた注射器で、心臓に直接、化学物質を注射した。未熟な医者がこの処置を施した場合、すぐに死ねなくて、もがき苦しみながら、死んでいくこともあったらしい。
人体実験も行われ、死亡した囚人から内臓を取り出して、研究の対象にした。
収容所の周りには、電流の流れる有刺鉄線が張られ、監視塔からサーチライトで照らして、逃亡者を監視した。
1945年5月5日にアメリカ軍によって、解放される直前には、ナチス親衛隊が成した数々の残虐な行為が表に出ないように、それを目撃した多くの人々を次々と殺害した。
アンネ・フランクの家で、アンネと共に生活していた夫婦の息子ペーター(アンネの恋人とも言われる)も、何者かに密告されてアンネたちと暮らした家を追われたあと、ここマウトハウゼンに連行されて、短い生涯を閉じた。Wikiによると、アメリカ軍に解放されたその日に死亡したらしい。
解放されたあとも、極度の栄養失調で、その後、数週間のうちに亡くなる人も数多くいた。
囚われていた人々の中には、親族がほとんど亡くなって、解放後も帰るところのない人も大勢いた。人手の足りていなかったオーストリアやドイツの大会社は、そういった人たちを多く雇った。自由を手に入れたものの、戦時中に多くのものを失った人々の労働によって、戦後オーストリアが発展していった。
ヨーロッパの近現代史を語る上で、避けては通れない、ナチスの負の遺産。今回の旅で、ちょうど途中に収容所があることを知って、ぜひ寄ってみたいと思った。ナチスが行なった、残虐な行為を、目をそらさずに学びたいと。
数年前に、広島の原爆ドームと資料館に行って、その凄惨さに涙があふれてきた。どうして、人はこんな残酷なことをするんだろう。
結局、戦争が人間をここまで残虐にさせるのであって、現代に生きる私たちは、過去のあやまち、つまり、戦争が、いかに人間に愚かなことを平気でするようにさせるかを学んで、二度と繰り返さない努力をし続けていかないといけないと思う。
こう言っている今だって、世界のどこかで、まだ人が殺し合っているのが現実だけれども、民族や宗教間のあつれきを、武力じゃなく、話し合いで平和的に解決していくことが、何よりも重要だと強く感じる。
過去から学ばないと、成長はない。
マウトハウゼンでは、見学時間2-3時間を見込んでいたのに、気がついたら、4時間半以上も経っていた。あまりにも多くの情報が、頭に入ってきて、少々パンク気味。
このあと、さらに西へ1時間半ほど走り、今日の目的地、ザルツブルクに到着。
観光どころか、ホテルにチェックインし、夕食食べて、寝るのみ。
今日はゆっくり休もう。。。