先日、朝日新聞の投稿欄に素敵な言葉がありました。
「誰でも人は迷惑をかけるものだから、迷惑を許せる人間になろう」

この言葉を投稿して下さった方、本当にありがとうございます!!

「人に迷惑かけてはいけません」という言葉に、最近、自分が囚われすぎている気がしていたのです。ママ友を公園に誘うのさえ、迷惑かなぁと心配してドキドキしながら、ものスゴく心のエネルギーを消費しながら誘っている自分に気が付きました。コロナ禍で、その傾向はさらに強まり、身動きとれず、どんどんストレスを溜め込んでおりました。乳飲み子もいて、誰にも迷惑掛けずに生活など到底出来ないのですが、それをせめて最小限にしようと、あくせくし、心はどんどん疲弊していく…。そんな悪い流れに気が付き、「人に迷惑を掛けてはいけない」という言葉に縛られ過ぎてると思い至ったものの、どうしていいか分からない状況だったのです。

そんな時に、上記の言葉をみて、「人に迷惑を掛けてしまう自分も許せるようになろう」と思えたんです。

それにしても、いつから、そんなに迷惑を掛けることを気にするようになったのだろう。やっぱり子供が産まれてからかなぁ。迷惑を掛ける機会が増えて、気になるようになってしまったのかも。今までとは違う迷惑を掛けるから、許させる範囲が分からなくなってしまって、混乱したのなぁ。あと、ネットで「子供に注意しない迷惑な親」とかの情報が色々と入ってきてしまうことも原因かもしれない。正直、私は子供に注意できないときって、あります。あまりの傍若無人ぶりに、他人のフリしたくなったり、心を無にしてしまって、ボーッと眺めてしまったり。そして、後で猛烈に後悔…。毎回では無いんですよ。24時間365日子供と向き合ってると、そんな事って、ときにはあります。少なからず、私はあります。

以前は、良くも悪くも、あまり気にしてなかった気がするのになぁ。迷惑掛けまくりでしたが、それで心を病むことはなかったニヤリ

それで、思い出したこと。
自分が高校3年生のとき、部活で毎年やっているイベントを「面倒だし、やめない?」と3年生の1人が言い出したのです。で、3年生みんなで「それもありだよねぇ」なんて話し合っていたら、横を通り掛かった下級生の男の子が、「えっ!やらないんですか?オレ、やりたいですよ!」と言ったのです。で、「やりたい人いるなら、やろうよ~!」という流れになり、結局イベントは実施しました。

でも、今の自分なら、「嫌がってる人がいるなら、止めた方がいいんじゃないか…」という心境になってしまう気がするのです。

「嫌がる人がいるなら、やめよう」から「やりたい人がいるなら、やろう!」と、また思えるようになろう!と思いました。何もしない人生なんてつまらないからね。

それに、誰も嫌がらないことなんて、存在しないですものね。この情報化社会で「嫌がる人がいるからしない」を選択してると、本当に何も出来ないでよね。極端なことを言えば、何をしても迷惑だから、引きこもったり、死にたくなるけど、それだって、やっぱり誰かの迷惑なわけですよね。人生、楽しく生きたいので、迷惑を掛ける自分も許せるようになろう!