このところプロ野球の読売巨人軍が、東京築地に建設計画されている多目的スタジアムへ本拠地を移転する‥ というニュースが連日報じられています。
まだ未定という事ですが、新聞各社がこれだけ報じているのをみると、かなり具体化しているものと思われます。
そしてその大きな理由というのが
「東京ドームの老朽化」
というのを聴き、もうそんな時代に入ったのか‥
と驚きました。
また築36年で老朽化という事にも、今年100周年を迎えた甲子園球場や横浜スタジアム、神宮球場を見ていると、建築素人の私には何故?という疑問もあります。
私が中学生の時はまだ旧後楽園球場があり、ドーム建設中は球場とドームが重なってクロスしている部分がありました。
次第に姿を表す東京ドーム外壁が後楽園球場より高く大きく白くて、なんてデカい球場なんだ!と子供心にビックリしたものです。
両翼100メートル。センター122メートル。
完成当時は広大さがウリだったのが、いつしか狭い狭いと言われる様になり、設備が旧く時代遅れとまで言われる日が来ようとは・・
マイクタイソンVSトニータッブスの試合は開場四日目に行われ、“こけら落とし”と銘打って行われた興行でした(本当のこけら落としは18日に行われた巨人VS阪神オープン戦)。
タイソンがピカピカでまだニスの匂いが立ち込める最新鋭だったドームのオープニングを飾り、井上が老朽化で建て替えの話が出て来た晩年に足跡を遺す。
タイソンから井上。
その間のドームを彩ったのは野球はもちろんですが、それ以外はボクシングではなく、プロレスやK-1、PRIDE、RIZINといった他格闘技でした。
ボクシングは完全に蚊帳の外でした。
なかでもプロレスの東京ドーム聖地化は完全に定着しています。
今も思い出すのは1995年10月9日。新日本プロレスとUWFインターナショナルによる団体対抗戦の事です。
実に67000人!
もちろんこれは主催者発表の数字ですが、それでも立錐の余地がない大観衆だったのは間違いありません。当時私も観客のひとりでした。
私は目の前で繰り広げられる夢の対決の連続に興奮したと同時に、ボクシングでもこんな大観衆を見たいな!と思いました。
当時噂されていた辰吉VS鬼塚が実現していたらそれは可能だったかも知れません。
しかし結局霧散し、四年後に辰吉はウィラポンと大阪ドームで闘いました。
それからちょうど四半世紀。
ついにボクシングの東京ドームが実現したのです。
よく「甲子園には魔物が棲んでいる」
と言われます。
これは試合の展開で人知を超えた何かが起こり、信じられない局面の転換が時として起こる‥
という伝説ですが、東京ドームでもこの “魔物” が発動した事があります。
それもよりによってボクシングに。
みなさん御存知いまさら紹介すら必要の無いあの試合。
あの “魔物” は再び動くのか?
令和の老・東京ドームにまだ魔物はいるのか?
何が起こるか解らないからボクシングなのです。