一時代を築いた名チャンピオンの最期はいつ観ても切ない。

どんな王者にもその時は必ず訪れる。


かつては鉄壁のディフェンスを誇り, 破格の強打を炸裂させ, 鋭いステップで対戦者の懐へ飛び込み,華麗なるコンビネーションで鮮やかにノックアウトを披露してきたチャンピオンが,
ある時を境に微妙な歯車のズレを感じさせる様になり, 敗北を喫する。


『たまたま調整が上手くいかなかっただけだ。練習を,基本を見直せば きっと以前の様に戦える』。


そう自らに言い聞かせ,萎えそうなモチベーションを燃え上がらせ, 不安を打ち消す為に,よりハードな練習をこなしてゆく。


『今までで最高の仕上がりだ。絶好調で怖い位。あとはリングで答えを出すだけ。』


ほとんどの選手が,こんな台詞を遺して,プライドと栄光を取り戻す為に 若き王者の待つリングへ登り,そして散ってゆく・・


無敵の若武者マイク・タイソンに挑んだ38歳のラリー・ホームズ。

そのタイソンは14年後,錆び付いた身体に唯一残されたスローなダイナマイトパンチを空転させ,ピークの時期がずれ過ぎた同年代王者のレノックス・ルイスに一撃で葬られた。


長谷川穂積も自らが8年前に引導を渡したウイラポンと同じ様に, スペインのレッドブル, キコ・マルチネスの猛きラッシングパワーの前に壮絶に果てた。


テレビで後日録画を見直した時には感じなかったが, 大阪城ホールの現地観戦で観た時の長谷川からは, 生気の無さと云うか,
命を削ると云うよりも,魂が抜け出てゆく様な雰囲気に満ち満ちていた。


しかし, 結果は残念ではあるが,長谷川穂積は最期の最期まで, リスクを恐れることなく,
虎穴に入り,自らの築き上げて来た芸術的ボクシングを魅せてくれた。


切ないが, 素晴らしいボクシングだった。


今後の進退については本人のみぞ知るところで,推測でしかないが, 長谷川穂積のこの日の死闘は,ボクシングファンに語り継がれるクラシックになるだろう。


長谷川敗戦の跡を受け, かつて長谷川が持っていた緑色のバンタム級王座に君臨する山中慎介が,メインイベントで自らの時代をアピールするかの如く倒しまくってボディー一発で挑戦者を沈めた。
それはまるで, 長谷川から山中へ時代のバトンタッチの儀式であった。


西に沈む夕日と東から昇り来る朝日を同時に目撃する。


ボクシングを観ていて良かった。としみじみ感じる夜になった。
これだからボクシングファンは止められない。


現地で立ち会えた事を,長谷川穂積という希代の名ボクサーをリアルタイムで目撃出来た事を幸せに感じる。


いいものを見せてくれてありがとう,と伝えたい


大阪城ホールが泣いた夜だった。