2.11と並んで毎年思い出す今日3月21日。 


どちらもマイクタイソンが東京ドームで闘った日ですが、私にとっては最初のこの日は人生にとっても大切な想い出の一日になっています。



喘息によりサナトリウム入所中で中学三年生だった私は、出席日数が少な過ぎてこのままでは厳しい。と配慮して下さった担任の先生から留年を薦められ、もう一年中学生生活を送る事が決まっていました。


この日は振替休日で、サナトリウムと学校の退院日と卒業式でした。


以前書きましたが、ここを退院する生徒は治癒の証しとして有馬富士という山に登山する習わしになっていて、卒業生が登山する時間がちょうどタイソンVSタッブスと重なっていました。


私はテレビの前で初めて観たタイソンのボクシングに魅せられ、感動と驚きの高揚感のまま次の大勝負に向かっていました。


それは卒業する同級生のMさんに告白する事。


同室で同じくこの日卒業するY君が

「おまえ絶対告白せいよ」!

とお膳立てをしてくれて、彼女が登山から帰って来た時を見計らって二人きりになれる場所を作ってくれたのです。


で、どうなったかと言うと・・・



結局告白出来ませんでした。



二人きりになって告白しなければダメなのに私は彼女を笑かそうとオチャラケてしまい、ギャグ大連発をして二人大笑いして終了しました。



彼女は地味で目立たない人でしたが、私にとっては初めて本当に好きになった女性でした。

彼女も私と同じく喘息で留年していて一歳年上でした。それを知ったのはある日の夜の自習時間に二人になった時、彼女から打ち明けられての事でした。


そしてそれは生徒では私にしか知らされていない秘密でした。


自習室で懸命にノートに向かう彼女の横顔を思い出します。それを邪魔するかの様にY君と騒がしくしてよく怒られましたが‥


Mさんに告白出来なかった私と、テレビのなかでそれまで見たことのない驚きのボクシングでタッブスをノックアウトしたタイソン。

私のボクシングファン始まりの日は青春の淡い想い出の一日でもあるのです。


15歳だった私は今年の年末に54歳になります。

38年。

記憶のなかではついこの前の様に思い出すのに長い長い時間が過ぎてしまいましたね・・


Y君もMさんもこの激動の時代を生き抜いているのだろうか‥?

もし再会出来たなら…

「お互いようやって来たな」

と声を掛けたいです。



野球のWBCは日本敗退で終わった。

やっと終わってくれて清々している。

これでオータニオータニと聴かずに済む。


ま、それはそれとして、アメリカに移した国際舞台で大活躍する森下と佐藤輝明の姿をダイジェストで観たが、阪神ファンとしてはグッと来るものが確かにあった。


阪神の選手はこれまで何故か日本代表のメンバーに選ばれる事は少なく、選ばれてもほぼ空気の存在でしかなかった。

そこに阪神の今をときめくクリーンナップ二人が選ばれ躍動しているのだからそれは素直に感じるものがあった。


しかしシーズン直前の大会。これはもう絶対に止めて欲しい。

それにしても森下はオリックスとの日本シリーズもそうだったが大舞台で力を発揮出来る天性のモノを持っている。ゆくゆく佐藤以上の選手になるかも知れない。




そして今日の私のなかの一番の試合。

ノニトドネアが増田陸の前にタオルを投入され散った。


43歳。

ダルチニアン。モンティエル。西岡。アルセ。リゴンドウ。ウォータース。そして井上。堤・・・

世代だけで言えば3、4世代は跨いで第一線で闘い続けて来た。


日本なら長谷川~山中~井上と各々の全盛期を全て見届けてなおリングに上がり続けているのだ。


増田の左でもんどり打ってダウンした姿を見て、ついにその時代の落日を見た気がした。

西岡利晃がまるで歯が立たず敗れ、長谷川穂積を乱打してストップしたモンティエルが痙攣してドネアの前に沈んだ。あのドネアの。


この伝説の男に引導を渡した増田が世界のベルトを巻いた時、ノニトドネアの物語は完結する。

10年遅れて来た世代交代。

これぞプロボクシングのメインイベントに相応しい闘いだった。と思う。





先週の事になりますが、井上尚弥VS中谷潤人の東京ドーム決戦が発表されました。

もう10年以上日本ボクシングの顔として君臨し続ける井上。そしてそれを追い掛ける様に井上と反対側のコーナーに立つ事となった中谷。


それからもう一人。


井上より前に日本の顔だった、そして今もなお第一線で闘い続けて来た井岡一翔。

2010年代の前半は井岡。後半は井上。

大雑把に分けましたが、大半は重なってボクシング界を牽引して来た交わらざる両雄が、対戦相手は違えど遂に同じリングに立つ事となります。

これだけでもボクシング史上最大級のビッグイベントなのは間違いないのですが、時代の空気ゆえボクシングファンであっても正直高揚感は少ない。


はたして東京ドームがどれくらいの観客、熱気に包まれるのか?

私はプロレスファンでもあるので、どうしてもある興行の狂騒と比べてしまいます。

昨日読み終えたこの本に書かれている1995年10月9日の東京ドーム。



※昨年末に購入し放置していましたが今週一気に読了。

いまさらながらまだ知らないエピソードもあり、大変面白かった。一試合一試合が当時の自分の生活とともに鮮やかによみがえる。

プロレスに幻想と勝負論があった最後にして最高の興行でした。

この2年後に高田はヒクソンに瞬殺されプロレスは消し飛ぶ事になります。


新日本プロレスとUWFインターナショナルの団体同士による全面戦争。

この興行の観客数は主催者発表で67000人でしたが当時のプロレス界隈の盛り上がりは凄まじく、試合の方もメインイベントの武藤敬司VS高田延彦はいまだ語り継がれている名勝負でした。

プロレスの面白さ、スゴさのすべてがこの興行に詰まっていた。そんな最後にして最高の、伝説のイベントです。


10.9と言えば武藤高田。


10.19と言えばロッテ近鉄のダブルヘッダー。


ボクシングでは2.11でしょう。

タイソンダグラス!



5.2はそんな伝説となり得るのか?

だが時代背景が違います。ボクシングはもはやマイナースポーツ。タイソンや辰吉の頃と比べるのは公平じゃない。


しかしプロレスも10.9の頃はすでにゴールデンタイムの生中継はなく、深夜の録画放送でした。

それでもあれだけの爆発を起こし、31年経ったいまなお折に触れ語られている。 


今回の東京ドームは有料配信かつWBCの様に嫌でも情報を目にする耳にする状況でないハンデは大きいですが、もしもそんな闘いが観られたなら…

それはこれ見よがしなキャッチコピーでなく、未来のファンのなかで本当の伝説となって語り継がれるでしょう。



※ちなみにこれまでの伝説として語り継がれている試合で事前に「やがて伝説と呼ばれる日」と自ら掲げた試合はありません。
伝説とは主催者でなく観る側が語り、作るもの。
その意味でこのコピーはかなり恥ずかしい。
全米が泣いたと変わりません。
が。それを吹き飛ばす“本物の伝説”となるか?注目したい。









文化庁が国立博物館や美術館に売上ノルマを課し、2030年までに達成しないと閉館を含めた再編を検討するというニュースを見た時、私はこの国も来るところまで来てしまったか・・・

と愕然とした。


この報を聴いて私の頭のなかに先ず浮かんだのが、

自動車評論家 故徳大寺有恒氏の著書「ダンディー・トークⅡ」である。

氏はこのなかのブガッティの章で次の様に書いている。




[博物館がなぜ文化かというと、博物館とはそういう消えゆく生活の瞬間を、永遠に凍結させようとするものだからだ]。



貧しい国になったな。と思う。


なにもかもがコスパ・タイパとそれが全てに置いて優先されるべき価値があるモノだとお上も国民も信じ切っている。


生産性の無いものに価値はない。

いまの世の中は文化や芸術だけでなく、福祉にしてもこの価値観だけで判断される。

日本の文化芸術予算は海外と比べても非常に少ない。


モノづくりニッポン、クールジャパンと大層に喧伝している割にやっている事は真逆。

このままだと美術品や文化的価値のあるものがみんな消えて行く事になるだろう。


万博の割り箸みたいな木の輪や都庁の醜悪なプロジェクションマッピングにこれぞ現代日本の芸術だ!と湯水の如くカネを注ぎ込むのを見ていると、この国を動かしているあらゆる行政や企業組織の中枢の人間やエセ芸術家はロクでも無いのしか居ないんだな。

と思うと同時に、文化庁と名乗っているのに文化を破壊する国の機関に一体なんの存在意義があるのか?と思わずにはいられない。


オータニ・オータニとアメリカイスラエルのイラン侵攻そっちのけで狂った様に報道しているジャーナリズム。

始球式に浮かれる総理大臣。

いまの日本はあらゆるところが狂っている。


文化を蔑ろにする国は滅びゆくのみ。だ。






2026年3月。

WBA.WBC.IBF統一世界ヘビー級王者オレクサンドルウシクが5月23日エジプト・ギザのピラミッドで、キックボクサーのリコバーホーベンを相手にWBC王座を掛けて闘う事が発表された。




先日私は老メイウェザーVS老パッキャオの再戦が実現する現代のボクシング界にはスーパースターが居ない・・と書いた。

昨年末には元王者のアンソニージョシュアがYouTuberでプロボクサーでもあるジェイクポールと闘った。そして今度は現役の世界ヘビー級王者である。
しかもエキシビションではない。
WBCタイトルが懸かるれっきとした世界ヘビー級タイトルマッチだ。

今から40年前の1986年。
世界のヘビー級は混沌として退屈な群雄割拠の時代が終わりを告げようとしていた。
前年に無敵だったラリーホームズがマイケルスピンクスに連敗し、遂に正当な評価を得ないまま去ったのを機にドンキングが企画したヘビー級王座統一トーナメントは盛り上がりに欠け、モハメドアリの劣化コピー達がダルなファイトを繰り広げていた。

しかしキングには勝算があった。
切り札と言うべき若干20歳の超新星がトーナメントに参加したのだ。
名はマイクタイソン。
タイソンは期待以上のインパクトでトレバーバービックをノックアウトし、史上最年少での王座戴冠を果たした。


「世界はこの夜明けを待っていた」
マスコミはアリ引退後長く低迷していたヘビー級に現れたニューヒーローをこう表現し、歓喜した。
今回と同じWBCタイトルというのも何か因縁めいている。

そして2026年3月。
ヘビー級の王に君臨するのはアメリカでなくウクライナの戦士ウシク。
パウンド・フォー・パウンドでも1位と評されるウシクの強さは歴代でもトップクラス。

にもかかわらずキックボクサーを相手に、しかもピラミッドの前で闘うという道化を演じなければならない。
すべては現代ボクシングで強大な力を持つサウジアラビア総合娯楽庁長官の思いつき。
タイトルマッチも異種格闘技戦も思いのまま。

これからは昨日デビューした他競技のトップアスリートがいきなり世界最強の男に挑むのも当たり前になって来るだろう。
ラスベガスでタイソンが夜明けをもたらしたボクシング最強の称号である世界ヘビー級タイトルは、40年経って遠くエジプトの地でそんな扱いをされる存在になってしまったのだ。
これはヘビー級に限らず他階級でも同じだろう。

しかし嘆く事は無い。
じきに慣れてくる。

繰り返しになるがもうスーパースターは何処にも居ないのだ。

世界ランキングも世界チャンピオンもとっくの昔に本当の意味を失っていた事はボクシングファンならみんな解っている。
だからじきに慣れてくる。このやりかたにも。

そしてこれからもきっと観続けるのだろう。
その時、その時、の楽しみ方を見付けて…

何故ならファンというのはタフなものだから。


※敬愛なる故佐瀬稔氏ならどう書くのだろう?
そんな事を思いながら書いてみました。