先日のABEMATV3150FIGHT、IBFフライ級王者矢吹正道が挑戦者3位レネカリストを初回2度ダウンを奪う判定で王座防衛した。



安定期に入ったな。私はそう感じた。



安心して観ていられる。

この感覚はこれまでの王者でもあって、

古くは井岡弘樹が柳明佑を大番狂わせで破った後の初防衛戦。北九州でのノエルツニャカオ戦で

ついに井岡のボクシングが完成したな‥

とそれまでの紆余曲折を目の当たりにして来たファンとして嬉しかった。



これはのちの辰吉𠀋一郎がシリモンコンから奇跡の奪回を果たしたあとのホセラファエルソーサとの一戦でも同じだった。

結果的に両王者とも栄華は続かなかったのだが、

完成形とはそんなものなのかも知れない。

ある一瞬だけ凄いボールを投げる野球の投手。

一打席だけ完璧なスイングでホームランを放つバッター。


かつてレイパショネスとの世界前哨戦で魅せた辰吉の理想的完成形を数年遅れでとうとう再現させたか‼️

とこの時は染々と感じたものだった。


今の矢吹にもその感覚がある。

ABEMA興行の継続が予断を許さない状況ではあるが、矢吹のボクシングが完成に近付いているのは間違いなく、これからがとても楽しみだ。






蒸し暑くなった。


先週までは朝晩などひんやりしていたものだが、

ここ数日は夜半になると窓を開けていても夏特有の風が止まりムワッとする凪を感じる様になった。


その暑さもあってか中々寝付けず、音楽や映像をYouTubeで観て聴いているうちに朝を迎えてしまう‥という良くない習慣に陥っている。


昨夜は久し振りにボクシングを観ていた。

エスパラゴサ杉谷満、ブリーランド尾崎、バービックタイソン、フォアマンアリ・バグナー・フレージャーⅢ(日本語実況ダイジェスト)、リチャードソン辰吉、ウィラポン辰吉Ⅱ‥

と、脈絡なく何となくついフルラウンドで立て続けに観た。


杉谷も尾崎も内容は完敗だったが、世界タイトルの遠さと重さをまざまざと見せつけられ、

タイソンはやっぱりいつ見てもエキサイティングだし、このヘビー級を超えるインパクトは今だ誰からも感じさせられた事はない。


辰吉は何というか。

身内を見ている様な、自分の子供の運動会で組体操を観た時の様な感情を抱いてしまう。

入場シーンからこちらが緊張するのは辰吉しか居ない。


だから辰吉が撃たれれば痛みまで感じる。

心が痛いのだ。

これは当時もラバナレス戦以降そうだったし、いま結末を分かり切ってYouTubeで観ても変わらない。


どれもそう。面白いし、やっぱりジーンとする。

何度観ても熱くなる。


結局私はボクシングに何を求めているのだろう?

何に惹かれて何十年も観続けているのだろう?

その闘っているボクサーの何かが私に伝わって来るのを求めているのだろうか?

それは生き様か、強さか、何なんだろうか?


何故、現代のボクサーよりむかしのボクサーによりそれを感じるのだろうか?

単なるノスタルジーなのか?

実際に理由があるのか?


そんな事をあれこれ考えているうちに夜が明けていた。



※辰吉には何故か身内や家族の様な感覚が昔からある。











ようやく読み終えた。

去年の秋から途切れ途切れで読み進めていた中川右介著「100年の甲子園」。
似たボリュームのジョー小泉著「ボクシング珍談奇談」と同じく時系列毎の一話完結の集合なので、その点で気楽に読めるのは嬉しい。

甲子園球場開場100年である2024年に出版された本で、開場前夜の話から高校野球と阪神タイガースのその年にあった出来事(大会の主なスコア・活躍した学校や選手、阪神ならシーズン中の動向)を極力感情を控え淡々と記されている。

いわゆる豆知識やこぼれ話的な要素は少なく起きた事実を書いているだけなのに、それでいて文章は面白い‥  という中々難しい事をサラッとやってのけているのに感心した。


それにしても。
あらためて阪神タイガースという球団のここ一番での勝負弱さ、毎年毎年同じ事を繰り返し続けて来た事がよく解った。
巨人と優勝争い、天王山で敗れる。
翌年は燃え尽きて下位。そしてまた優勝を争い、
終盤のここで一勝していたら‥
という試合を必ず落とす。

91年の歴史を持ちながら一度も連覇が無い(1リーグ時代を除く)というのがそれを物語っている。
特に昭和40年代は何度も優勝のチャンスがありながらことごとく敗れ、巨人の9連覇を許した。
肉薄しながらあと一歩届かず、たまに巨人に勝つのは阪神でなく中日であり広島・ヤクルト。

数十年に一度優勝しても続かない。
ことごとく優勝に縁の無い球団だと思う。

1987~2001年まで続いた暗黒時代を経て
21世紀になってからは毎年の様に優勝争いをするチームにはなっているが、それでも18年間優勝から遠ざった。

2023年に38年振りの日本一、そして昨年はリーグ優勝。

遅れてきた立石の活躍がめざましい。
これで阪神は森下・佐藤・大山・立石とクリーンナップすべてドラフト1位。これに近本まで帰って来たらスタメン5人がドラ1という凄い事になる。

まさにいまだろう。

今年こそは悲願の連覇でこの敗け続けた歴史に終止符を打って欲しいと心から思う。














先日のガンプラの塗装。



エアブラシは換気と後片付けが大変なので、私は小学生の頃から変わらずずっと筆塗りをしている。

最近はプロモデラー顔負けのスゴい作例がネット上で見られるが、私は基本的に40年以上同じ事をやって成長していない 笑

本体はパープルが無かったので、Mr.カラーの赤・ライトブルー・黒・白を調合して塗装。
羽根と前部コックピット付近は赤に黄色、黄緑、白を少し混ぜて塗った。

組み立ては張り合わせるだけで簡単だが、この塗装だとオモチャオモチャしていたので、箱絵に近付けたいと思い、さらに作業続行。

こちらが箱絵とそれを模した完成品。
まず箱絵。

そして上の絵を模した完成品。



先の色をベースに上塗りで白とスカイブルーを足した明るいパープルを塗り、さらに左翼上部をスカイブルーで塗装。本体下部は赤に少し黄色を足し朱色を。


※左翼上部をスカイブルーで。

※本体下部を朱色で塗装。


私の場合、通常の塗装でなく油絵の塗り方に近いので、塗装面はムラがあり、むしろそのムラで光が当たった時の光沢を表現したいと考えて塗っている。


油絵みたいに触るとザラザラしている。

オマケのシャア専用ズゴックと量産型ザクを台座に載せられる様になっているのが楽しい。


大きさは手のひらに収まる小ささ。
飾るのに邪魔にならないサイズ。


開封から完成の此処までまる1日。
久しぶりのプラモ製作はとても楽しかった。
ただ、加齢で手元が見えず、拡大ルーペを付けないと何も出来なくなっているのは困ったが・・

次は何を作ろうか?
いまアレコレと考えている。
その前に。


一般市民が割りを食う戦争。

馬鹿な政権がマトモに判断出来ないから色んなモノが目に見えて変わって来ている。悪い方、貧乏臭い方に。

ポテトチップスだけでなく、プラモも筆を洗ううすめ液やプラ板の品薄や欠品・値上げが目立つ様になって来た。

先日ブログで紹介した近所のパン屋も袋が有料になるとLINEVOOMで告知があった。


で、ボクシングでも亀田プロモーションのキルギス興行中止。

そして矢吹の世界戦まで暗雲立ち込めて来た‥

やっぱり亀田かー!じゃなく、これからこういうのがどんどん出て来るだろうなこのままだと。


ま、プラモは娯楽だから最悪無塗装でも楽しめるしボクシングもグローブとリングが在れば青空試合でも出来る。

が、そんな事よりさっさとマトモな政権に交代しろよ!と。

ホントそれだけですよ。


ベンチがアホやから野球出けへん。

ならぬ政府がアホやから生活出けへん。


もう何年続くか!何年これが❗

(藤波辰巳 談)





5.2からはや二週間が過ぎた。


ネットのニュースでは未だ井上井上とあの闘いを掘り起こしている。

日本ボクシングバブル(ごく一部)の集大成だけに、

その残り汁を最後の一滴まで絞り切ろうという事なのだろう。


しかし冷静に見てもはや私の中であの闘いは風化しつつある。

これから一ヶ月、半年、そして来年になればもう思い返す事も観返す事も無いと思う。




そして私はと言えばボクシングからしばし離れ、最近はもっぱらプラモデルを作っている。

中学生の頃までプラモ作りは日課だった。と言って良いくらい私の生活に溶け込んでいたが、いつしか遠ざかってしまった。


それでもクルマやバイク、鉄道模型なんかは時折作る事があったが、ガンダムを初めとするアニメ物はまったく作らなくなった。


そんななか最近無性にガンダムのプラモ(ガンプラ)‥それも私が子供の頃の時代のものを作りたくなり、

40年以上振りに再会した。


今のガンプラは色を塗らなくても最初から色分けされていて、しかも接着剤も不要というハイクオリティーになっているが、私の作りたいガンプラは昭和の不親切なものなので、ある程度色を塗らないとのっぺらぼうに見えるという少々手間と技術力が必要だ。

が、当時小学生の私にそんな技量は無く、見本とは程遠い完成度に打ちのめされていた。


そこで今回は当時私がチャレンジして志半ばで挫折したキットを選んでみた。


1/1200スケール ジオン軍ガウ攻撃空母。

なかはこんな感じ。
パープル色のニクイヤツ。です。
小学生の私はこのガウを上手く作る事が出来なかった。

今回は箱絵を見本にして塗装したいと一昨日の夕方に筆で塗り始めた。
続く。