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Maximum!!

生きてることを喜ぶことを罪ではないと信じる者たちはロックンロールで悩みを抱えたまま踊る。

三宮ハンター坂のライブハウスでの仲井戸麗市の「還暦を祝うツアー」(笑)に行ってきた。

チャボを観に行くのは帰国後1年半で3回目。
年寄りの客に配慮した、じじばばに優しい17時開演であるが、そうするとみんな4時過ぎからビールをのんだりするので、トイレの前にとてつもない長蛇の列ができていたのが味わい深かった。

チャボはギブソン、ギルド、「札幌で作ってもらった」ミニギターなどのギターをとっかえひっかえ、麗蘭、チャボバンドの盟友早川岳晴のベースと二人でソロの曲を丁寧に演奏していく。
ときに弦の上をすべって、ぶいんとはじいて産み出される、チャボの弾き語りのグルーヴ感が好きだ。
「漆黒の1st」からの「BGM」、2ndからの「ホーボーへ」といった古い歌が聴けたのが嬉しい。

去年の3月の公開DJ+ひとりライブのときにもやってきた、「Dancing in the street」の日本語詞カバーでのコール&レスポンスは、だてに高いだけではない客の年齢層が幸いし、ウィルソン・ピケットの♪なーななななー♪もしっかりクリア。
「若い客だと知らないんだー!」とチャボさんご満悦。

最後の共作になってしまった「毎日がブランニューデイ」、半分を客の大合唱にまかせた「君が僕を知ってる」に続いて歌われたのは、新曲「夏の口笛」。
キヨシローのようにクリアな、歌詞がはっきり聴きとれる発声で歌われる詞はこうしてはじまる。
チャボの顔はゆがみ、口笛もよれていたけど、ことばははっきりと伝わったのだ。

ずっとあれから 努力してるんだ 君の不在を受け止めること

この曲は、去年チャボが一人でRCの曲を歌ったライブDVDとCD「I stand alone」にも収録されている。キヨシローが大好きな人、キヨシローの隣でリフをキメるチャボが大好きな人、みんなに聞いてほしいと思う。

I STAND ALONE [DVD]/仲井戸麗市

¥4,800
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早川義夫もカバーした「My R&R」で本編の幕を閉じ、アンコール1曲目は1stの「ティーンエイジャー」。こういう歌をみずみずしく歌える60歳におれはなれるのだろうか。

スライドがぎゅんぎゅんに鳴りまくる「平和ブルース」。
客席に降りてきてスライドかきならし通路をねり歩くチャボ。

♪Hey Hey Hey わ
 男と女の 平和
 大人と子供の 平和
 人と人との 平和
 国と国との 平和
 平和でなくっちゃ!


男と女、目の前のあなたとの関係からはじまるこの歌詞は圧倒的に正しく、何よりも何よりも、かっこいい。
ブルース、ソウル、ロックンロールを受け止めた者なら、こうなるのは当然なのだ。

ステージに戻ったチャボは、「降りてみたらやっぱり高かった」と客の年齢を改めて実感したようだった。

さあそして音楽の現場で最も近くにいた者としての、表現のバトンリレー、「雨上がりの夜空に」だ!
ハイでアップな客も全員起立。
なめぴょんさんも当然喉をふりしぼって時にむせて咳込みながら歌い踊る。

チャボライブ恒例、30分以上がデフォルトのアンコールはこれでも終わらない。
メロディが運んでくる匂いが駆け出したいほどすばらしい「ガルシアの風」は、グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアに捧げた曲だが、ヒッピーのラブでピースでコミューンな生活の、影の部分もきちんと踏まえた深さをもっている。

アーロ・ガスリーから教わったと語ったアメリカン・フォークソングに日本語詞をつけた「ホーボーズ・ララバイ」で、ライブは幕を閉じた。

10月でちゃんちゃんこなのに、みっちり3時間。公式サイトでスケジュール見たら、9日で7カ所、金曜からは高松・徳島・神戸3連発である。今後も8月ぐらいまでびっしり全国でツアーの日程が組まれてるんで、じじばばもステージの上に負けないよう、体調万全で駆けつけよう。

おれはまた4月の磔磔に行きます。
Baby #1/忌野清志郎

¥2,800
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Covers~コブラの悩み~タイマーズという、キヨシローの創作力が爆発していた時期のひとつ1989年(ピークはその前にもその後にも何度となくあって、亡くなる寸前もまちがいなくそうだった)にLAで録音されていた音源に、チャボ、金子マリ、梅津片山渡辺ホーンズたちが音を大切に重ねて、今月出た「新譜」である。
タワレコ特典でポスター入手。10数年ぶりに部屋にポスターというものを貼りました。

これを録音した時のキヨシローは今のおれより若かったっていうのはおいといて、また一度はお蔵入りになっただけにキヨシローのベストの作品ではないことも確かなんだけど、良い。

今さら言うまでもないが確認したことは、ことばの美しさ。

欧米ロックを聞きこんで育った者が感じるのは、圧倒的な歌詞の情報量の多さなんである。
たとえば英語なら、I Love you を言うのに音符3つで足りる。そのメロディーに乗せて日本語で♪君を愛してると歌おうとすると、き・み・を まで歌ったところで終わってしまうのだ。
(中華圏歌謡20数曲を歌えるわたくしの体験では、中国語も一つの音符にかなりの意味を乗っけられる)

桑田佳佑の和風ながら字余りの英語まじり、佐野元春のポエトリーリーディング、いずれもロックと日本語のせめぎあいの中で見つけたギリギリの選択なのだ。
これが過ぎると、名前は出さないけど、あるバンドのように「それラップでもないのに歌詞言うてるだけやんけ」「音楽か?」みたいなことになってしまう。

キヨシローはそれをクリアしてた。
かんたんでわかりやすい、でも思いを的確に伝えることばの選択と、あくまでもそれをソウル、ロックの文脈で伝える音の乗せ方によって。

このアルバムで言えば、「恩赦」なんて単語をこれほど美しく響かせられるのはキヨシロー以外には思いつきにくい。

または、Oh!Babyの、♪ふさわしい家を さがして住もう なんかはどうだろう。

「行間」「切り詰めた言葉の中に生まれる詩情」は美しい「日本語」の好例だと言う人がいる。
それなら、「声に出して読みたい日本語」なんて今さら言われなくても、

おれらはキヨシローを聞いて、身体にしみこませて、歌って育ってきたんだ。

「日本人であることの喜び、誇り」なんておれにはどうでもいいが、キヨシローで育ったこと、それだけで充分だと思う。

だって、キヨシローは「美しさ」だけじゃなくて、汚さも醜さも情けなさも怒りも毒も悲しみも甘えたもわがままもすけべえも、ぜんぶ歌って来たんだから。

100回言ってもいいけど、

君とはめたいのさ

ほぼこのフレーズだけで成り立っている9分間が、あんなに崇高なものになるんだから。

新譜の収録曲では、Young Blueの毒まみれブルースがとんでもなくかっこいいんだけど、

♪夢のようなことを

Like a Dream。
最後になってしまった「夢助」まで、ずっと歌ってきたことが、ごくごく個人的なことも含め、おっさんのゆるゆるの涙線を決壊させるんだ。

ずっと夢を見て 安心してた
ずっと夢を見て 幸せだったな
ずっと夢見させて くれてありがとう
ずっと夢を見て 
今も見てる

夢見ることは、ひとつの信じるに足るフィクションにコミットし、実現させていくための、切実な必要から生じるきわめて現実に即した方法論なのだ。
本日は大学の時からの腐れ縁連れの家でもっと腐れ縁厨房同級生も加えて麻雀。
2000円負けたが、ええおっさんが半日あそんでこのカネっつうのはふつうムリやしええかと。

激闘のあと、近所の四川メシ屋で健闘をたたえあう。

ひさびさに手ごたえのある辛メシにありつけたのはうぉーしーふぇーちゃんがおしんであるが、料理名称が

共産党煮込み

ってゆう理由がぶーみんばいであった。
さて今月はライブ強化月間。5件7組を観るのだ。
まずはたぶん生で見るのは最後ジャクソン・ブラウン&シェリル・クロウという特定の層には超豪華な組み合わせの神戸国際会館。
震災改装後行くのは初めてだったのだが、1階9列22番。

近い!ほぼ真正面!

ジャクソンは大学生の頃に初めて観て3回目なのだが、こんなかぶりつきは初めてだ。

おおかたの予想を覆し最初にジャクソン登場。
「年いったなあ・・・」と客席から声がもれてきて、62歳だからまあそうなんだけど、

客もたいがいいってる

わたくしはほぼ確実に若年層上位10%に入っている。
ジャクソンはギターとピアノをほぼ半々の割合で、70年代の名曲から新曲までを、古なじみのバンドメンバーと演奏していく。
おれがジャクソン・ブラウンを聴き始めたのは83年の「愛の使者」から。
ざっくりとしたロック感覚がとても好きだった。
どうでもいいが20数年ほぼ不変のわたくしの髪型は、この頃のジャクソンの「ちょい長めの真ん中分け」を元にしてます。86年のアルバム「Lives in the balance」の裏ジャケ参照。

終盤、タクシードライバー・トラヴィスの部屋で鳴っていた「Late for the sky」、客のリクエストに応えた「Rosie」、続いて「Pretender」。この3連発にはおっさんかなり来るものがある。

そしてそして、あのイントロが鳴り響き、Running on Emptyがやってくる。
なめぴょんさんどうにもたまらんようになって起立。
おれにとってのロックンロールの大きな一要素はこのピアノが導くビートにあるのだ。
2010年にこれを観ることができたのを感謝して、エンディング、踊りながらジャクソーン!って叫んでた。

78年の若きジャクソン・ブラウン。


約30分の休憩をはさんでシェリル・クロウ。
この人も30すぎてのデビューアルバムから、中国滞在中もずっと聞いていた。
売れ筋でポップなんだけど決して甘くなりすぎない、フォーク、ブルース、R&Bを背骨にしっかり持った者がざっくり鳴らす音のたたずまいが好き。

ただし、やきとりさんも「昔とは違ってもうライナーもクレジットも読まずあまつさえ曲名すら見ない」とおっしゃってるけど、わたくしの場合「曲名を覚える」機能が極端に低下している。
よって10代から聞いてるジャクソン・ブラウンとは違って、シェリルさんには申し訳ないけども

なにひとつ演ってる曲のタイトルがわからない

状態が90分続いた。
でもちっちゃくてカワイイお姐ちゃんシェリル(今年で48とは思えん)率いるバンドの演奏はタイトかつグルービーで、機材の能力差かもしれんが、さすがにジャクソンバンドをしのぐポップミュージックの現役感がバリバリ。
音楽がごく自然に身体から流れ出るに任せるって感じのたたずまい。実はそうするためには並々ならぬ技能と方法論が要るのだけど、それを観る者に感じさせないのだ。
こういう音はいつでも手元に置いて取り出せる、鳴らし続けていける。

アンコールでシェリルにジャクソンが合流。
慣れてるジャクソンの「おおきに!」のシャウト一発に、シェリルが「なになにそれなんていったのどういう意味なの」とジャクソンを問い詰めてたのが可愛らしかった。

ジャクソンのデビューアルバム収録の「doctor my eye」に続いて、シェリルが誇らしげに「エルビス・コステロの曲!」と叫んで始まったオーラスは、まさかのマジック、

What's so funny about Peace, Love and
understanding


当たり前なんだ。ロックンロールなんだから。

本家版。
ああくそけつ痛い。

横浜から帰る新幹線の中、喫煙所から戻って来た時に目測を誤って、肘掛で

けつ強打

それでずっと痛いのだと納得してたのだが、晩に戻ってきて風呂に入ると(なめぴょんさんは中国時代だいたい半分夜は泥酔しており入浴不可能だったので朝シャワーの習慣がついてましたが、ごく最近晩に風呂に入るということを思い出しました)、

でんぼくんがこんにちはと。

ええー、君か。この半年ほど、どくだみ茶の効能か?現れなかった古い知り合いが突然の来訪。
取りあえず軟膏塗ってみるものの、そんなものは予想通り何の効き目もなく、みるみるはれあがってゆくのを手をこまねいているしかなくて、おおこの状態はあの歌のようだとCD出してきて

何もできないで別れを見ていた俺は
まるで無力な俺は
まるでまるで高木ブーのようじゃないか!


と歌ってみても痛みは消えず、明日医者に行きます。
たぶん切開。1000人のハリーベラフォンテのバナナボート合唱が脳内に響き渡ること必至。
とりあえずこれ書いたら「刺青の男」出してきてスタートミーアップかけて明日に備える。

♪You make grown man cry

しかしなあ、中国在住7年、切るほどのおできは全然できなんだし、ギックリ腰も最後の年に一度なっただけ。帰って1年半で3回もけつ切ってるのはどうゆうことだ。

「気候が乾燥してた」とか「暖房に腰を守られてた」とかの外的要因もあるだろうが、

気が張っていたのだろう。

痔になった同僚が血栓をレーザーで焼き切るときに、

下半身不随になっても文句言いません

という誓約書書かされたのとか、手術が終わったら本人は麻酔で意識不明のまま下半身まる出しにして寝台に乗って運ばれてきて運転手の高松がティッシュかぶせてくれたのとか、ちんこに管を差し込まれ小便垂れ流しにしてる横で見舞いの客がタバコ吸って床に投げ捨てたり水餃子食ってた(すまん、わしだ)のを見てたので、

なるべく病気にはならないぞ。

特に下半身関係は

という気合と根性の問題だったんだろうと思う。
被害状況もまだ情報が少ないのだが、ひとまず今の段階で見つけたところを貼っておきます。

「ソーシャルメディアを通して今直ぐ、チリ地震を救うための方法」

>死亡者数はまだ正式には発表されていなく、おそらく被害者数はハイチ地震には及ばない。しかし、本日の地震によって生活の基盤に悪影響が生まれ、人々が『今すぐ』支援を必要していることは明らかだ。 (リンク先より引用)

ここで紹介されてるのはまだ英文サイトばかりなので、日本語の方も見つかり次第紹介します。

(追記)
Google crisis response は使いやすいです。
こちらから。
トップは英語ですが、ユニセフ(USA)またはDirect relief internationalへの募金ページに飛ぶと日本語になります。
南方英二氏の魂に合掌。

さあさあ、銭儲け銭儲け ←ハリセンチョップのイントロ

聞きたくない聞きたくない

おやつの時間だ

は今も時々脈絡なく頭に浮かぶ。

中国人でそっくりな人がいてね。

ソナチネの釣り人ヒットマンはかっこよかった。

ソナチネ [DVD]/ビートたけし,国舞亜矢,渡辺哲

¥3,990
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アホの壁 (新潮新書)/筒井 康隆

¥714
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ロックンロールとラブ&ピースのアホの子としては、第五章「人はなぜアホな戦争をするのか」の「アホな戦争をなくす方法」を興味深く読んだ。
フロイトからアインシュタインへの手紙を引用しながら筒井康隆は語る。

人間の攻撃的傾向を矯正しようとしても望みはない、とフロイトは言う。
しかしその傾向を転化させる試みなら可能であり、それはさっきの「神話的衝動論」からすれば、戦争反対の間接的方法のための公式なら容易に見つかるとしている。つまり戦争をする破壊衝動とは反対のもの、即ちエロスを呼出すればよいのだと言う。ここで前に論じた感情結合、強い共同体感情というものが生きてくる。これにエロスの感情結合を作りあげさせればよいとフロイトは言うのである。
エロスによる人間同士の感情結合はすべて戦争に反対せざるを得ないのだと。


「共同体感情」が過剰になることの危険性についても、前章「ナショナリズムはアホの壁」で押えておいた上で、次のステージで示されるのは「文化」である。

ここでフロイトは、われわれが到達した最善のものとして、文化ということを持ち出してくる。
この文化の心理学的性格の中で重要なことは、ひとつが知性の強化、もうひとつが攻撃本能の内面化であり、この精神的立場が戦争と「どぎつく」対立することになると言う。
(中略)
フロイトの結論はこうである。「文化の発達が促進するものはすべて戦争反対の作用をする」


筒井康隆はこれを受け、

平和主義者が「精神の卓越」した「エロスによる共同体感情で結合」された文化人たちのことであることがますますはっきりしてくる。

と続ける。その「文化」には、破壊衝動の昇華としての「攻撃的批評」(ある種のロックもそうだろう)や、エロスの昇華としてのポルノグラフィ、「エロ文学」も、「たとえ衝動が低次のレベルで昇華されたものであったとしても、そのまま戦争に結びつくものではない。だからこうしたものも当然文化の範疇に入れるべきものである筈だ」から、排除されず、含まれる。

だけどあいつが アレを持ってたら
おれは差別しない Oh つきあいたい
 (忌野清志郎)

では世界をそういう、すけべえでピースフルな「文化人」で埋めるにはどうするか?
筒井康隆は「貧困の中から生まれた立派な文化人は枚挙に暇がない」から、貧困の問題というより「教育の機会均等」だとするのだが、これは微妙なところだ。
貧困が教育の機会均等を奪っている、さらに不均等を広げているという現実があるのだから、貧困と教育機会均等は切り離せない。
(ただ、三浦”実直な精神だけもっとけ”朱門などとは「文化人」の次元がまるで違う)

以上のところを読んで、思い出すのは「宇宙衛星博覧会」収録の名作「ポルノ惑星のサルモネラ人間」だ。
サネミドロ、チミドロ、クジリモ、マンズリオガセ、ヒルダチ、ペニスズメ・・・
生物の名前と行動すべてがエロに向かうみさかいなしのさかりっぱなしな惑星は、猥褻生態系とも言える奇妙な生態系を作り上げていた。しかしそこは、追放されたヒッピーが、「愛」と「退化」をキーワードに構築した、「食うか食われるかのタナトス生態系ではなく、すべての生物が互いに愛しあうエロス的生態系」であり、言葉そのもののラブ&ピースが実現されている世界なのであった。
そして単為生殖を誘発する植物「ゴケハラミ」に妊娠させられた女性科学者の治療法を見つけに惑星人の中に入って行った色情狂の雑役男(全裸でないと入国を拒否されるため抜擢)は、そこで見た、男がバレリーナの陰唇に陰茎を挿入し、手を握り合ってくるくる回るというエロバレエの美しさを熱く語る。

考えてみりゃあこれは、愛情のたどりつくいちばん果てのもので、これ上の芸術はないという芸術で、そう思ったもんだからあまりの感激でおれは泣いてしまったよ。
地球でうしろ暗いもの、ひと眼から隠れてせにゃならんもの、いやらしいもの不潔なもの、時には犯罪にまでされてしまうもの、ひと前ですることはおろか絵や字で描いただけでも警察につれて行かれ社会から白い眼で見られるこの性交ってやつがだね、ここでは真っ昼間の太陽の下で堂々と、これこそ人間のいちばん美しい自然の姿だというので、芸術になってくり拡げられているということにおれは感激して泣いちまったんだよ。
もしこのバレエを見ていやらしいなどという地球人がいたとしたら、もうそいつは愛も芸術も、何もわからんやつだ。


ロックンロールだと思う。

宇宙衛生博覧会 (新潮文庫)/筒井 康隆

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元の短編集は絶版みたい。マーケットプレイスで入手可能。

こっちの方が入手しやすいようだ。エロなロッカー必読。

ポルノ惑星のサルモネラ人間―自選グロテスク傑作集 (新潮文庫)/筒井 康隆

¥540
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ソウルフラワーユニオンtwitterで「五輪のあるべき姿」として紹介されていた。
高橋選手銅メダル獲得記念にupします。

ケンシロウ(見たまま)とプロレス(場外乱入)とエルビス(腰振り)とソウルミュージック(この曲ええな)とベタ(小道具つき)が煮込まれた下品の祭典を支えるのは、4分間を疾走しながら呼吸一つ乱れない強靭な肉体と確かな技術である。

パンツに手をかけた瞬間のわくわく感は、これってロックンロール?

わたくしはロッカーとしてボーダー長Tとロンドンスリムがデフォルトである「ピチピチ国」の住人だから、あーゆう「ダブダブ国」の人たちとは美的感覚が異なるのだけど、国母。なんも悪くないぞ。やつをヒステリックに糾弾する輩が、エルヴィスの腰振りに、パンクにキイキイ叫んだのだ。

以上、twitterでつぶやいたことをこちらでも言ってみた。

【追記】キイキイ叫ばれた対象に以下を追加します
・ビートルズのマッシュルームカット
・ピート・タウンゼンドの鼻
・ラモーンズの臭い皮ジャン
・メタルの人全員の臭いレザーパンツ
・スライとEW&Fのアフロ(当然、肌の色も)
・プリンスのぬめり具合(当然、以下同文)
・エルトン・ジョンのめがね
・フレディ・マーキュリーの存在すべて


ひとのことはいいんだよ。さんにやくみつるの調子こきぶりをタレこんだら素晴らしい記事に仕上げてくれたので、多くは付け加えないが、もう視線が完全に権力者のそれ。
今回の発言、昔にさんざん教師とかから聞かされたことと同じだ。
サドの体育教師から制服の着方でいちゃもんつけられ、オマエらは学校のために何ができるんや?と勝手にキレられたしょうもない記憶が20数年ぶりに浮かんできたじゃないかどうしてくれる。
あんたは横浜ファンだから人の弱さと悲しみをよく知ってたはずなのに、いつから自分を権威や権力と同一視するような輩になり下がったのだ。
おれやその辺の連中と同じく、あんたが熱望している「パワー」を手にすることなど、絶対にないのに。

朝青龍はヒールとしてさんざん消費しつくされた(やくも、内館も、「朝青龍についてなんか言う」ことでどれだけの有形無形の利益を得たことだろう)後に使い捨てされた。
引退を強いられたことまでが「国民的娯楽」になった。
また新たな使い捨ての刹那な娯楽の誕生だ。
だって、ほんまにどうでもええことだと思ってるだろ、みんな?

>この風潮に待ったを掛けるためにも
本気で言ってるわけがないだろ?

もちろんやくみつる一人の問題じゃない。

>SAJの意見として国母の出場辞退を申し入れた
「辞退」は自分の意思でするもんで、明らかに日本語の使用法を誤っているスキー連盟会長もいるようだがこのジジイの問題でもない。

従順な羊であることを強いること、「他者」に同化を強いること、わしらみんなが犯されているこの空気の、わしら全員の問題なのだ。
その抑圧、プレッシャーは、根拠も必要も正当性もなにもない過剰な懲罰に向かう。
懲罰にカタルシスを求めなくても、この世にはもっと良いものがあるはずだ。
本来のスポーツの快感は、ロックンロールと同じく、肉体と精神がこんがらがっていっしょになって溶けてグダグダになってマキシマムに爆発することじゃなかったのか。

とにかくわたくしの直感が、国母にヒステリックに吠えてるやつらはロックンロールの敵だと訴えている。
人は、他者に対して、かっこ悪う~とか、アホちゃう?とか、いかつー!とか勝手に言う権利を、その他者を抑圧しない、権利を侵害しない限りにおいて、自由に有する。
そしてまた、そういうふうに言われるカッコ、行為を、好き好んで行う権利も、同じ条件のもとで持っているのだ。