Maximum!! -26ページ目

Maximum!!

生きてることを喜ぶことを罪ではないと信じる者たちはロックンロールで悩みを抱えたまま踊る。

おいしい中国―「酸甜苦辣」の大陸/楊 逸

¥1,500
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この本の帯には、
餃子、腸詰め、ワインまで!
中華料理で文化を味わう、芥川賞作家の食べものエッセイ
中国東北部の食文化を多数のカラー写真で一挙公開!

って書かれている。
こじんまりと綺麗な装丁も郷愁を誘い、わたくしが7年住んでいたかの地の食の記憶を幸福に辿り直す、っていう感じで手に取った。

のっけから出てくるハルビン(ここに住んでたんじゃなかったけど何度も行った)市街や防洪記念碑の写真におお!と極私的に盛り上がり、1964年生まれの楊さんが綴る、ヒマワリの種や氷棍児の話を楽しく読んでいたのだけど。

「下放さえなければ、ささやかな幸せが続いていたに違いない。一九七〇年一月、五歳半の子供の楽しみにピリオドが打たれた」

文革の真っただ中、両親とも教師だった楊さんの一家は、「農民の再教育を受けなければならない」という理由で、ハルビンから遠く離れた、電気も水道もガスもなく、零下数十度の中、窓には枠があるだけで紙さえ貼られていない農村へと「下放」される。

楊さんの筆致は淡々と、そこでの「食」を中心とした暮らしの記憶を紡いでいくのだけど、こんなくだりがある。

「父は極度の近視で、畑仕事には慣れず、草と間違えて苗を取ってしまうこともしばしばあった。政治状況が厳しく、ただでさえ、さまざまなでっち上げでレッテルを貼られ、批判大会に引っ張り出されてしまう時代だったから、苗を取ったことが万一ばれたら、たちまち階級立場の問題だの、故意に革命の妨げを企むだのの大事になってしまう」

いくつかのブログのコメント欄で書いたことがあるのだけど、赴任前に中国に詳しい弁護士が講師を務めるセミナーに行ったことがあった。
そこで講師が言っていたのは以下のようなことだった。

皆さんが中国に赴任したとしたら、どうか文革時代に青春時代を送った人たちを大事にして下さい。
彼らは一番大切な時期に教育の機会を奪われた人たちです。
確かに能力は劣ることもあるかもしれません。でも、彼らをないがしろにしたら、周りの中国人たちは黙っていません。みんなが、あなたが彼らをどう扱うかを見ています。
彼らは、中国人たちの、共通の痛みなのです。

おれが最も頼りにしたチームなめぴょんのチーフである声のデカい営業部長や、面接の度に「最近の若いやつはー」と嘆くたたき上げの製造部長はまさにこの世代の人たちだった。
情に厚く酒に厳しい東北人たちだった。他の日本人からは「営業部長はなめぴょんには甘い」と酒の席でクレーム(笑)が出ていたが、初めの頃の宴会の終わり際わし何回床に転がってたと思てんねん。

この本で描かれるのはそういう「酸甜苦辣」の時代の、でもかけがえのない半径5mの目の前のあなた=家族との食をめぐる日常である。
やっと農村から解放されたと思ったら、高校の教室の一室に放り込まれ、煙突などついてないので食事の度に部屋中が煙にまかれる暮らし。淡々としたトーンだけに、時折出てくる、母親の「煙にむせた真っ赤な眼からにじませた涙」や、うちわを持った父親が「鼻を強くつまみひたすら煽っていた」なんていう記述はいっそう迫ってくるものがある。

だけど、だからこそ、この本には生をつなぐための「家族」「食事」の記憶がこんなに鮮やかに記されている。
どんな状況にあっても続いていく暮らしのかけがえのなさ。「思想」「天下国家」みたいな得体のしれないものに振り回され、踏みにじられてはならないありふれた生。
そしてそれは、時代や国境を越えて、こうの史代の作品なんかにも描かれているものだ。

もちろん本書で語られる食べ物そのものも魅力的です。
饅頭、なつめのちまき、いぬ(各所にごめんー)、酸菜(ひなべや焼肉に入れてもウマい)、水餃、ハルピンウインナー!これもウマー!、蛙の姿煮(子持ちさんは蟹のたまごの味がします)・・・

食の記憶には匂いや空気感がたっぷり詰まっている。
そしてあちこちに散りばめられてる現代の東北部の写真の、街角の中国語看板、雑貨店のたわし、プラスチックの椀と煮込み野菜の色・・・
みんな総動員で、帰りたい気持ちにさせよるのよ。
Oi! Um bobo(初回生産限定盤)(DVD付)/ザ・クロマニヨンズ

¥3,675
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アルバム発表の度に取り上げてるクロマニヨンズ、今年も新作出た!
ここここで書いた通り。
あとははよ聴け。
以上。

で終わるようなレコードを作ることが結成以来のヒロトとマーシーのめざしてるとこなのだ。

♪ロマンマーン! 火あぶりで 目が覚めた

むちゃくちゃだ。でも気持ちE。

戦争が 終わらない
あきらめないぜ アナーキー


そうシャウトするヒロトの声のうしろで、マーシーのエレキギターが、シンプルなコードを長く延ばし、くっきりと世界に跡をつけるように鳴り続けているのだ。
Cocco姫のライブを見に名古屋まで行ってきた。
10月の平安神宮イベントでの姫の出番が3曲だけで欲求不満になっていたところにワンマンライブの告知。名古屋かー、でも大阪あらへんしな。土曜だし。と思ってプレリザーブ申し込んだら外れ。
あきらめていたが一般発売開始数日後、ふと思いついてぴあのサイト見てみたら、まだ発売中。

さすがロック不毛の地 (あくまで一般表現)

喜びいさんで購入。整理番号1458番だが、Zepp大阪でディラン見たときもこんなもんだった。
同時に大阪公演も発表されてたが、平日に南港まで行くのもだるいのでこれでいいのだ。

ハコはZepp名古屋。あおなみ線で名古屋から次の駅の「ささしまライブ」というちょっとやな名前の駅のそば。駅名の英文表記が Sasashima-raibu というのはいかがなものか。イラブかと思ったぞ日本シリーズ第6戦当日としては非常にゲンの悪い響き。

並んでる列見たら発券数は1500~1600と思われ、ほとんどケツなので開演20分前にやっとこ入場。
ポジション選ぶ余裕もなく、微妙に身体をくねらせながらおねいさん地帯に向かう。「ちっちゃいおねいさんの前貼りつき」作戦を取っても、デカいハコの場合開演後の客の動きが大きく、気づいたら目の前にアンドレがいるという事態も発生する。筋少のときはデカデブ率高かった・・・よってピンポイントではなくあたま低め地帯をざっくりと狙うべし。でも150そこそこの女の子は毎回苦労してるだろうな。

さあ姫登場。PVでも見られる深紅に緑を添えたドレス。
照明が落ち、無伴奏からCoccoの沖縄囃しが響き渡って「ニライカナイ」のオープニングだ。 

声デカい!

平安神宮のときも、Coccoの声はよく通っていたのだけど、神宮での野外イベントのためか音量は抑え気味だった。今回はバンドの音が段違い、でもあっちゃん負けてない!

CDとはぜんぜん違う、轟音の中でくっきりと、凛と、たおやかに立っている声。
ライブでないとわからないことだ。
来てよかった。

そしてさすが元バレリーナ、立ち居振る舞いが決まっている。
曲のオープニングでは必ずバンドの方を向いて、客席に背を見せているのだけど、両腕を大きく上げた時の引き締まった背中と二の腕の線が美しい。

あっちゃん可愛い!
あっちゃんカッコいい!

(なめぴょんさんの「細身の貧乳好き」という嗜好はさておきます)

アルバムのレビューで書いたが、「沖縄」をこれまで以上に前面に打ち出した新作からは全曲が演奏された。

何か言いたいのならば表に出ろ
何も知らず かわいそうな輩ども


またしても流出騒ぎで「国家」なんてものが噴き上がるニポンに、このカワイくて強くて正しい声を響かせよう。

開演前、「Cocco 60分スペシャルライブへご入場いただき・・・」てなアナウンスが流れ、3曲の次はろくじゅっぷん~?!(確かにチケットに書いてたが)ホテル取らんでも帰れたやんけと思ったが、終わる気配などなく約2時間、あっちゃん歌いきった。アンコールはなかったがじゅうぶん納得。

音楽、ロックンロールは現場で作られる。
まあわたくしもいつまたどっかのアジア(欧米はないと思われるw)に行かされるかわからんので、多少贅沢しても見れるうちに見とこうと思う。






すとりっぷじゃ~。すとりっぷじゃ~。

と水泳の授業に水着で現れたあべ先生に吠えてたのはこまわり君であるが、
こんなもんも出た。

ダブル・ファンタジー ストリップト・ダウン/ジョン・レノン&ヨーコ・オノ

¥3,600
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生誕70年(はぁーーー)、没後30年企画としてまあそらしゃあないな。と溜息のひとつもつかざるを得ない小金持ちジジイ向けbox、何種類目やねんベスト、リマスターって音がデカいだけでしょ?など再発雨あられ状態のジョン・レノンだが、どうしてもちゅうならこれだけ買うといたらええんちゃうと。

レットイットビー・ネイキッドに味をしめた?オーバーダビングをそぎ落とした、良くいえばシンプル、一般的にはそれってデモテープやんけと言われる「ストリップト・ダウン」ヴァージョンを一枚付けた2枚組。わたくしは例によって外盤で購入。

でもけっこう新鮮だった。
すいません今嘘つきました。
もっと正確に言います。

オノヨーコの曲の方はほとんど聴いてないのでオリジナルでも新鮮です

いやオリジナル入手後20数年、ラストのHard times overは結構好きで聴いてたけど、他の曲は

聴くの2回目

んでねえ。これがねえ。ええのよ!(海より深く謝罪&反省)

確かに2曲目の ねえ あなた 抱いてよ に始まる 抱いてドキドキ100連発には肩より低く頭を垂れることもあるが、すとりっぷにそぎ落とされたソリッドまたはチープなサウンドに乗っかるヨーコさんの歌は、

魁!戸川の純ちゃん少年ナイフ椎名林檎。

どうもヨーコが参加した曲っていうのはヘンな絶叫もしくは雑音扱いをされてるのだけど、ポップにまとめた曲は、ある種のガーリーポップの先達になってる。

この曲は、もう一枚の大好きなアルバム「Sometime in New York city」(トップの「女は世界の奴隷か!」がロッケンロールとして最高だ)に収録されてるのだけど、50'sにモータウンをふりかけてスペクターでいぶしたとってもカワイイ小品。
で、歌ってるのは、知恵をもて、新世界で自由を!というシスターたちへの連帯の呼び掛けなんだ。

先週会社の運動会がロッテファンの人(第一戦ナイス!)も詣でたという万博太郎公園で開かれた。
まあ、朝からビール飲みに行っただけなのだが、アトラクションでやってたストライクアウトで職場の先輩と対決。

先生、9枚中6枚開けました!

1枚も開けられへんかったらどないしょうと思ってたが良かった。
ドラフトには間に合わなかったが、わし、まだわりとイケてるわ。

で、当日は日常スーツや作業服でびっちりキメてる方々が、ゆるゆるの私服で来てはったわけだが・・・

40過ぎてジーンズ履いていい人って、限られるよね

残念ながら、痛感した。
なのでわたくしも取り返しのつかなくなる前に、ふつーのブルージーンからは撤退しようと思った。
(黒のロンドンスリムはもうちっと履きます)

まだプライベートでも折り目タック入りでキメれるほど成熟してなので、本日はチノパンを買いに行く。
とりあえずグレーの無難な線で。

28インチをもって試着室に入ったら、あかん、ちょっときつい。
やむなく29インチ。
20数年前は26でも没有問題だったのだが。まあしゃーないっすね。

次回は千鳥格子またはグレンチェックでいこう。




爆弾の作り方/amazarashi

¥1,529
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もとよりおれらが聴いているのは音楽だ。
文学的な感動が欲しければ、本を読めばいい。
ことばだけでは足りなかった。ビートが必要だった。
だからおれらはずっとそうして、音楽の中に心と身体を置いてきたのだ。
歌詞なんてほんとうの問題にはならない。
重要なのはビートだけ。
ヒロトとマーシーが原始人になって表現しているのはそういうことなのだ。

だがしかし。
おれらはとても欲どおしい。
ことばとメロとビートと声と音色がごっちゃになってからみあって脳と肉体を襲ってくる、あの必殺の一行の快感を一度知ってしまったおれらのようなやつらは。
ことばとメロとビートと声と音色。なんて欲が深いんだろうね。

そういうことを、今日タワーでジャケに惹かれて試聴30秒で一発買いした、この素性も知れない新人バンド(なのかな?)の6曲入りミニアルバムを聴いて考えた。

2曲目の「無題」が素晴らしい。
一行たりとも無駄がなく、的確に音に重ねられていくことばが、音楽の同時性という時間芸術の魔法に乗って聴く者の全身に刻まれていく。ストーリーの進行が音楽の進行とぴったりシンクロしていく。
そして歌のもうひとつの魔法、リフレイン。リフレインは歌という表現形態のキモだ。
ことばだけでは伝えられないストーリーのずっと奥にあるものを音楽に乗せて、何度も何度も、いろんな場面で繰り返して、世界に向けて差し出すのだ。

さすがにこの曲ほど詞と音と声が完璧に一体化しているものはなかなかなくて、音楽がことばに負けてる曲もあるのだけど、11月には7曲入りの新譜も出るらしいので楽しみに待とうと思う。

30数年経ってもふとしたはずみに記憶の底からまろび出てくるフレーズというものがある。
下手すりゃ通勤電車の15分間頭の中で鳴り続けてたりする。

こまわり&練馬変態クラブがお届けします。

ぼくは へんいち!

ママは へんに!

パパは へんさん!

ほしいときに ほしいだけ!

変態のラーメン へんろく!

あなた これからは変態ですよ


元ネタの「ちびろく」を知ってるやつは明らかにover40である。

今宵夢の中で奏でるのは、

オシリ段ちがいっ!!
昨日母親の四十九日があって、葬式に来られなかったover80の伯母(父親の姉)が土曜日から泊りがけで来られている。
伯母さんは東京在住だが悲しいことに阪神ファンで、藤川の悲劇を8回表登場時から予言されてた。

で、晩はTV見ながらおしゃべりしてるわけだが、そのおかげで赴任前以来ほぼ10年ぶりにニッポンのニュースショーとかバラエティを流し見ではあるが見た。

ニュースショーは頭に血が上るだけだったが、バラエティを見て気付いたこと。

イモトって、可愛いやん

もちろん眉毛描いてるときね。
韓国のじじい芸人と踊ってたときのキレのよい動きと表情がなんともいえずラブリー。
こういうむすめは好きやな。
ボコられる久保田(29)、藤川(30)を見届けながら、このストレートのみがよりどころだった二人が年齢的にもはっきりと盛りを過ぎたことを冷徹に認識させられ、来年以降のさらなる困難を確信する。

しかし同時に街外れの暗闇にある底なし沼からあぶくになってぽつぽつと湧いてくる思いがある。

来年は、

能見が1年通して働ける
岩田が帰ってくる
秋山はもっと成長する
蕭一傑のファーム選手権での7回までの好投を思い出せ


二人の負担も軽くなるし、そこにこの打線があれば・・・




やめよう。

より深く夢見たものはより深く罰せられるこの阪神世界で、幸せになりたいのなら。

でもきっと、来年4月にはすべて忘れきったまっさらなアホの心で開幕を迎えるのだろう。
中国において発言のために投獄される犠牲者が私で最後となることを期待する。表現の自由は人権の基、人間性の源、真理の母だ。言論の封殺することは人権を蹂躙し、人間性を窒息させ、真理を抑圧することだ。(by劉暁波 09年12月の最終陳述)

ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏の言葉をツイッターから拾ってきた。

この発言と、たとえば天安門事件での学生リーダーの一人であった柴玲の発言と比べてみて、どう思う?

「政府を追い詰めて人民を虐殺させなければ、民衆は目覚めない。だけれど、私は殺されたくないので逃げます」

上記は町山智浩氏のブログの04年の記事で知ったのだった。以下一部引用するが、ぜひリンク先から全文にあたってほしい。

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当時、現場に最後まで残った朝日新聞とスペインのTV局の記者が後に「学生たちは安全に広場から退去し、一人の死傷者も出なかった」と証拠のビデオを提出し、世界のマスコミは天安門広場の虐殺は誤報だったと撤回修正した。

この事件で評価すべきは、柴玲たちの冷酷な企みにも負けずに無血撤収を成功させた学生たちと、柴玲たちが期待していたような最悪の事態を食い止めた軍側の指揮者たちである。

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もちろん中共政府はロクでもないし、数の問題ではなくあの時に天安門の外で殺された人がいたのはまぎれもない事実だ。
だけどおれはこの町山氏の記事を折に触れて何度も読み返す。89年当時、おれもまた「冷血な保守反動政府vs自由と民主主義の学生闘士」の構図に酔った者の一人だからだ。
町山氏の言う、「証拠や証言よりも、自分の信じたいものを信じる」者だったからだ。

それは間違いだった。

生きてることを喜ぶことは罪ではない

ロックンロールの精神は、「主義」「大義」「国体」、いやそれが「自由」の名のもとであろうと、そういう手でつかめない抽象概念でしかないもののために、生身の人間のかけがえのない一回限りの生が踏みにじられることを決して認めないからだ。
まして、劉氏のように自分自身の危険を冒すことなく、他者の生を犠牲にするものなど。

主義なんて、「貧乳主義」ぐらいでええじゃないか。

天安門 [DVD]/カーマ・ヒントン

¥6,090
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上記の柴玲の発言は、このDVDの中で明確に述べられているものである。(カスタマーレビューも参照)